やがて静かに執務室の扉を開けて葵が戻ってきた。
真っ先に気づいた乱菊が大声で呼びかけたりしなかったのは、その後ろにかなり項垂れた美花の姿を見つけたから。
泣きはらしたのか目が赤く、それが嘘泣きではないことを物語っていた。
思わず声をかけるのも憚られる。
けれど、葵は目が合った乱菊をちょいちょいと手で呼んだ。
「…何、どうしたの?」
「美花さんが乱菊さんにお話があるそうです」
葵がその言葉を発した瞬間、室内の視線のほとんどが乱菊へ集まった。
その感覚をひしひしと背中に感じながらもギクシャクと二人の前へ歩み寄る。
美花は項垂れたままだった。
正直今までの高笑い風な彼女とのイメージに差がありすぎて、今のこの姿はどう頑張っても幽霊にしか見えない。
それが怖い。
刺されたりしないか、とはさすがに失礼なので言えなかったが、纏っているオーラはまさにそうだ。
「でで、で、何?」
何とか美花の前に立って聞くと、当人は少しの間黙っていたが。
「…申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。
「……え?」
「風音を、引っかけて、わた、しが、巻き込みまし、た。怪我をさせて、本当に、すみませんで、した」
泣いた後特有のしゃくりが取れていないらしく所々途切れたが、そのようなことを言ってまた頭を下げた。
執務室で誤解が解けた後、葵は自分にした事だけなら戒めとして受け入れ、今まで美花がしたことを零番隊以外に漏らしはしないと言っていた。
何事もなかったように自分の隊に戻って今まで通りにしていていい。
ただ巻き込んで怪我を負わせた人へはきちんと謝るように、と。
しかし余りにも突然なので乱菊が戸惑うのは必至。
とりあえずかなり反省の色が伝わるので「わ、分かれば良いのよ!そう!」と実際よく分からない返事をしていた。
「お前気の利いた台詞の一つでも言えや……」
「うるさいわね、あんたみたいに口軽くないのよっ」
「…皆さんも、本当に、申し訳ありませんでした」
もう一度今度は零番隊へ向かって謝って謝って、それを見た葵が殺那と視線を合わせた。
それの意味する所を察知する。
「葵様が許すのでしたら俺達も同じです」
「分かりました。こう言ってくれましたよ、美花さん」
それを聞いて美花は何度も頷き、目元を袖で拭っていた。
こうして見ると今まで思っていたよりも小柄だ。
一人で生きていくのを怖がった、どこにでもいる少女だった。
葵に連れられて隊室を出るとき、ひっそりと。
「…自分の中で、けじめはつけるから」
そう呟いた。
葵は静かにそれに頷いた。
こうして最後まで静かに去っていった美花を見送り、全てが終わってしんとしている隊室へ向き直る。
その直後に乱菊にガシッと両肩を掴まれた。
「さあ葵!花椿にどんな魔法使ったのか教えてちょうだい!」
「第一声がそれですか」
この雰囲気の中でどこまでも陽気なその発想に場の空気が元に戻った。
「なしてそこで魔法なん」
「だってあの花椿をあれだけ反省させられたらもう魔法じゃない。そんなの私も欲しいわ」
「あ、空も欲しいですー」
やれやれと少しだけ表情を柔らかくして自分の隊長席へ座った葵。
机の横で寝ている七猫の頭を撫でると気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「魔法なんかではありませんよ。ただ誤解が解けたんです」
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