「葵が戻ってこないー…」
「大人しく待っとれや」
「だってもう大分時間経つじゃないの。何か途中叫び声聞こえたし」
現在のギンと乱菊、零番隊隊室にて待機中。
他の隊員も心配しているのか動きが鈍いが、それでも自分の仕事をしている。
殺那も蒼鼎についての説明を終えてから同じように職務に取り組んでいる。
例外といえば乱菊と同じようにずっと心配している空と、ある意味いつもどおりに机の横で眠っている七猫。
ほぼ毎日来るので隊長席の近くに置きっぱなしにされるようになった二脚の椅子に座って、することもなくただ待っていた。
二人とも隊長と副隊長のはずだが自分の隊の仕事はどうしたのだろうと、物凄く尋ねたい隊員が実は数名いた。
「今の葵なら何もされへんやろ」
「そうだけどー……」
むむむ、とどこかやりきれない気持ちが声に出た。
何も出来ないならせめて何かを話そうと、同じく心配してソワソワしている空の方を見る。
ぼんやりとその挙動不審を眺めていたとき、ふと疑問を持っていたことを思い出した。
「ねえ空、今更なんだけど」
「はいっ、何でしょーか」
「隷従の誓いって何?」
「は?」
最後の聞き返しはギンによるもので、それは聞き覚えの無い単語を乱菊が唐突に尋ねたからだった。
「…何やそれ」
「あら、ギンも聞いたことあるじゃない。空が葵と総隊長室で再会したときに『空です!かつて隷従の誓いを交わした空でございます!』って言ってたもの」
「お前そういうとこだけは記憶力ええなぁ…」
「失礼ね、普段から良いわよ」
そんなこんなで頭に引っかかっていた単語。
日常の会話で用いられない事からあまり重要そうではないが、それでも乱菊の頭には残っていた。
「それは文字の通りですよー。ずっと下にいますよって言う単なる口約束です。殺ちゃんの家系にだけあったんですけど、空もやったんです」
「お前がやるからその次の七猫も続いたんだ……」
「あ、七猫もやってんのね」
「はい。私達三人はやってますよー」
空の説明によるとそれは両者の同意があれば行えるけれど、単に口約束のようなものでおまじないに近いらしい。
かと言って誰にでも出来ると言うことでは無いとも言っていた。
「檻神の家にも変わった決まりがあるのね」
「俺の家の斬魄刀は相手への尊敬の念が必要なので…当主は代々そこに悩まされるんですよ。そう言う経緯から生まれた風習だと思うんですが」
「そんなら僕らは出来るん?」
「出来ますけど、葵様は多分嫌がると思いますー」
「あら、どうして?」
「だって隷従の誓いはずっと下にいることを誓うんですもん。葵様は市丸様と松本様とはずっと同じ位置にいたいと思いますよ!」
考えてみれば確かにそう。
葵はいつだって自分よりも二人が下にいることを嫌がった。
だから地位と言うものがあまり好きではなかった。
「それなら呼び捨てにしてほしいのよねー。敬語はもうあのままだとして」
「呼び捨てですか?」
「昔は僕らの名前を呼び捨てやったん」
隊長に隊長と付けなければならないのは分かるし、副隊長を呼び捨てに出来ないのも分かる。
けれどそれは、呼ばれる度にいつもどこかで寂しさを感じていた。
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