私は結局、風音と全てが同じだった。
気にかけている人に気づいてもらえない、視界の中にも入れない。

ただありがとうと言いたかっただけなのに。
憧れを向けられる相手が初めてできたのに。





本当は何よりも、大切にしたい想いだったのに。






自分の手で壊してしまったことが。
どこまでも悲しかった。







葵が零番隊の隊長だったと聞いた日から混乱が止まることはなかった。
一度始めてしまったことはもう歯止めもきかず、風音を使い男を使った。
憎しみの対象にしたはずなのにこんなに簡単に揺らぎそうな自分が嫌で、ただ、ただ少しでも早く葵を消してしまおうと。

そうすれば全て楽になるんだと、思ったのに。



どうして私は葵の死体を見て泣き崩れているんだ。
どうしてその死に罪悪感を感じているんだ。
どうして生きていたことにこんなに安心しているんだ。






「私を覚えてる…って言ったわね」

「はい、全て」



今私の目の前に立っている葵は何の表情も浮かべずに、静かにこちらを見ていた。



「私を…覚えてたなら、何で…っ」



何で。
どうして。
今の今まで―――!



追求で目を見開いたとき、葵がすとんと目の前で座った。
力が抜けたのではなくきっと視線を合わせるためだろう。

そのまま懐から一枚の紙を取り出した。
四つ折りにされているけれど紙自体はとても綺麗な状態のまま。




「これを読んでいただけますか」

「…何よ」

「零番隊の、『掟』です」




厳かに置かれたそれを言われるまま手に取ると、葵は真剣な面持ちのままこちらを見ていた。
開いて読んだ一番最初に銘打たれていたのは掟の一文字。
全部で三つの項目があって、一番目を読んだ辺りどうやらこれは過去の零番隊が解散された時に配られたらしい。


そして、二番目の項目を読んだとき。





「…え…?」





二、隊長格以外で零番隊に入隊以前に知り合った者と関わりを持ってはならない。







何、これ。
この入隊以前に知り合った者って、まさか……私?





「…零番隊隊員は解散後他の隊へ移隊する際に少しでも周りからの扱いを対等にしようと、四十六室がほとんどの方達から零番隊の記憶を消しました。けれどそれは不安定で、隊員の昔を知っている人と関わりを持つと何が引き金になって零番隊の記憶が戻るか分からない結果になってしまいました」



零番隊であった隊員達の将来を考慮しての計らいだったと、葵は言った。
私が見ても読み取れるくらいの後悔を顔に浮かべながら。



「関わりを持ったら…どうなるの?」

「持った相手の記憶が、四十六室によって消されます」



それは、つまり。
私の記憶。

消されると言うそれが一体どれほどの範囲かは分からないけれど、名高い四十六室が行うのなら生半可なものではないだろう。
瞬間に顔色に恐怖が浮かんだ。





「零番隊を復活させれば解散時の掟はいらなくなりますから、美花さんとの会話が出来るようになります。そうして自分からこちらに来てくれる日を、待っていました」



今にも消えそうな儚さを持ったままそう告げた葵。
ああそうだ、この人は、ずっと前から良々が私に動かされていたのを知っていたのに。
恋次達を動かしていたのを知っていたのに。

いつだって自分からここに来るまでの逃げ道を作っていてくれた。
掟との間に挟まれて。




「そん、な…」



何て馬鹿なんだ私は。
葵は私を忘れたわけではなかった。
取るに足らない存在にしていたわけではなかった。

目の前に来ても話さず、濡れ衣を着せられても抗わず、何をされても、いつまでも。
四十六室と言う存在から、私を守ってくれていたんだ。



涙が溢れて止まらなかった。
どうして、どうしてそこまでして私を守った。
あんた強いんだから私を追い払うくらい簡単でしょ、使える部下も、皆あんたは持ってたじゃない。

私は一体、何がしたかったんだろう。
暴力を使って、一人を死神の世界から追い出してまで。
守ってくれていたその行動を、勝手に裏切られたと勘違いして。









私は

馬鹿だ







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