「あ、猫ちゃん起きたのー?」
これもいつも通りに四楓院が俺のところにやってきた。
まず最初に俺が襲いかかった相手なのに、相変わらずニコニコしたまま、何かを隠している様子もない。
「葵は…?」
「葵様はいつものところにいると思うよー。場所教えてあげるから行ってみる?」
東流魂街と瀞霊廷の間。
葵がいると教えられた場所はそこだった。
ずいぶん久しぶりに出た外は良い天気で、人もあまりいないからすぐに葵は見つけられる。
けど、声をかけることは出来なかった。
葵はきちんと背を伸ばして、遠いどこかを見ていて。
その瞳があまりに凛としていて、綺麗で。
寂しくて。
手に何か白い紙を持っていて、四楓院からは葵は暇があるといつもここにいるんだと聞いた。
一分のような一時間のような、長くて短い間葵を見ていたけど、その内ふっと視線がこちらへ向く。
「ああ七猫、起きたんですね」
「…うん」
どうしました?と葵の手がおいでおいでをしたからようやく側に駆け寄る。
「葵は、何してたの」
「私は考え事をしていました」
そう言った葵が持っていた白い紙は、近くで見ると手紙だった。
手紙、で良いのかな、便箋にも入ってないけど。
そんな横顔を見て、誰よりも変わっていないのは葵だと気づく。
一番近くであの嫌な爪を見たのに。
そう思うと何だか訳分かんないけど泣きそうになって、葵の服を握ってうつむいた。
「……ごめん」
「何がです?」
「俺、めちゃめちゃ暴れて、いっぱい怪我させた…」
物も壊したし、ビビらせたし。
葵のことも、傷つけた。
だから。
「…ごめん、なさい」
呟くように言うと、葵は頭を撫でてくれた。
自分を攻撃した俺に。
「零番隊の隊員は、何か変わっていましたか」
その問いに首をフルフルと横に振る。
でしょうね、と静かな声が頭上から聞こえる。
「その爪はまがまがしい物なのかもしれませんが、私達からすれば至極普通の物ですから。爪の名前は知っていますか?」
「『白刀黒鎌』」
それは知ってる、昔夢の中で何度も何度も教えられた。
名前を聞いた葵の瞳の光が少しだけ鈍った。
「やはり、あなたは死神なんですね」
死神。
俺が…死神?
葵や四楓院と同じ?
ふ、と葵の体が俺から離れる。
また少しだけ遠くの方へその視線を戻した。
「七猫が寝ている時に治癒をしたら。もう全て、治っていました」
ザアッと風が通り抜けて葵の髪をなびかせた。
宙に舞う髪が葵の顔を隠してしまって、俺はその時目の前にいる自分を拾ったこの人が一体どんな表情で今の言葉を言ったのか分からなかった。
嬉しそうなのか、そうでないのか。
それともいつものように、無表情なのか。
「七猫さえ良ければ、私は零番隊にいてほしいです。席も一つ空いていますから」
葵が静かに呟いたその言葉は嬉しかった。
ほんの一瞬のカリソメでも。
その予想通り、けれど、と葵はうつむいたまま。
「七猫は、難しいでしょうね。たくさんの人の中で生きるのは」
そう。
葵は俺のことをよく知っている。
俺が人を嫌いなのも、その集まりの中がもっと嫌いなのも。
葵は好きだ。
葵の周りにいる奴らも嫌いじゃない。
檻神はああだこうだと難癖をつけるけど、俺が他の隊から何か言われそうになると怒り散らしてくれた。
四楓院はたまに本気でウザいけど、「猫ちゃんが好き」って何十回も何百回も言ってくる。
だけど、もっともっとたくさんの奴らがいる死神の世界で生きることは、今まで猫のように一人で生きてきた俺にとっては辛いことでしかないと。
葵は分かっていた。
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