寝息を立てている七猫の頭を静かに葵が撫でた。
「…捨てられた子、だったんですね」
「…はい」
先ほど七猫の暴走で乱れてしまった机はすぐに元に戻され、幸い怪我人も隊員が数名軽い切り傷を負った程度だった。
今隊室にいるのは変わらず毛布の上で丸まって眠っている七猫とそれを見つめる葵。
そしてそのすぐ側に佇む殺那のみ。
「よく堪えてくれましたね、殺那」
「いえ、俺は何も…」
つくづくこういう時に、殺那が副隊長でいてくれてありがたいと感じる。
七猫の爪が自分の喉を掠めたとき飛びかかりそうになりながらも、あの混乱した室内で我を忘れまいと感情を封殺してくれた。
その傷はすでに霊圧によって治してあるが。
殺那が七猫の指に付いていた、白い刀と黒い鎌で出来た大きくまがまがしい爪を思い出す。
「七猫のあれは、どう見ても斬魄刀でしたが……」
「そうですね。だから、あんなにも傷の治りが遅かったのでしょう」
七猫を流魂街にいる通常の人間だと信じきっていた。
ゆえに、傷の治療もそれのレベルに合わせていた。
「…死神だと、気がつきませんでした」
無表情の中、どこか悔やむように七猫へ視線を戻す葵。
気づいてあげられれば良かったと、その眼差しは言っていた。
「俺も隊員もそれは同じです。…ごく希にいるんです、生まれながらの死神は」
生まれながらに斬魄刀を身に付けている死神は、小さい頃から無意識にそれが出てしまうことが多い。
そしてそれは斬魄刀についての理解を持っていない者達の間にいればいるほど、悲しい結果しか生み出さない。
「その一人だったんでしょうね…七猫も」
そう言って、もう一度静かにその頭を撫でた。
お前の目は人の目ではないと言われた。
獣の目だと言われた。
肌のあざや傷とは違う、生まれ持ってしまった目は、目を閉じ続けるか髪で隠すしかなかった。
俺は後者を選んだ。
ただそれだけのこと。
特に自分が特別だと思ったことはなかった。
普通の親の間に生まれて、かなり多い兄弟の中で育って、別に貧乏じゃなかったからそんなに苦しいこともなかった。
だけど。
俺には爪があった。
白い刀と黒い鎌で出来たまがまがしい爪。
他の兄弟達は持っていないのに、なぜか俺だけは持っていた。
普段は普通の手だけど、敵意を抱いたりちょっとムキになるとすぐ俺の指先に現れた。
重たくて大嫌いだった。
その内に親も俺の爪に気づき始めたけど、それでも最初は何と言うこともなく接してくれた。
だけどある日、二つ上の兄と冗談で取っ組み合いの喧嘩をしていた時、よりによってその爪が出てしまった。
兄は大怪我だった。
その時に一度恐怖の目で見られてから、俺の爪は頻繁に現れるようになって、三人目を怪我させた時。
親は俺を捨てた。
最後に俺を見たあの視線だけは心の底から嫌だったけど。
未練は、なかったと思う。
親にも兄弟にも会わないよう遠い遠い場所に行って、猫と言う存在と出会って、同じように生きて。
そして、葵に拾われた。
気がつくと、そこはいつもの世界だった。
俺は毛布の上に寝ていて、死神の奴らはいつも通りに仕事をしていた。
俺が暴れた痕跡は色んな場所に残っているのに、何も、変わっていなかった。
尋ねようと隣を見ると、葵の席は空白だった。
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