「あ、猫ちゃん起きたのー?今は葵様いないからもう少し寝てたら…」



何も知らずに俺の近くまでやってきた四楓院が異変に気づいた。
小刻みに体が震えて、息を吸っているのか、吐いているのか。



「…猫ちゃん?」




怖い。

怖い怖い怖い。


どうして、何で、何で俺だけなの。



頭の中で何度も何度も蘇る拒絶の言葉。

もう誰もいない、どうしようもなく一人ぼっちの場所に置いていかれる恐怖。



「や…め……」











体のどこかが、千切れる音がした。









最初に聞こえたのは悲鳴。
それが四楓院の物なのかどうかはもう分からない。

指先に凶器が付く嫌な重み。
暴れる体。
自分の名を呼ぶ声。


血の、匂い。



本当は目をつぶりたいほど嫌な光景なのに体はそれを許さない。
心臓がうるさいほど跳ねて吸っても吸っても息が足りない。
分からないことが苦しい。

苦しい
苦しい
苦しい










「七猫!」



一段と大きく俺の名を呼んだのは、聞き覚えのあるあの声だった。
せわしなく上下する肩のせいで揺れる視界の中、葵がいた。
一緒にどこかへ行っていた檻神が入り口で他の隊員を集めているのが端に映る。



けど。






「く…んなっ…!」



俺の腕は葵までも敵と見なして襲いかかった。
嫌だ、葵だけは嫌だ。
そう思っても止まらない。
暴れない限り俺の体の中のこの不安と恐怖は消えてくれない。

それなのに。






葵は俺の目の前に来た。






「なっ…」



その時、振るった爪が葵の喉を掠めた。
すぐにそこの部分だけ切り裂かれ、目に見えて血が何滴か飛ぶ。




「葵様!!」



遠くから檻神の我を忘れた声が聞こえたら、一瞬頭の芯がスッと冷えて。
気がつくと、葵の腕の中にいた。

ああ、だから葵はわざと俺の前まで来たんだと分かっても、体の動悸は止まらない。
震えも、息の乱れも、頭の中でグルグル回って吐き気のする程の不安と恐怖も。
それが怖くてどれだけ暴れても、葵は決して俺から腕を離そうとはしなかった。






「大丈夫です、七猫」

「う、あ、葵…っ」

「何も怖くありませんから」











葵の体は暖かかった。
その温もりに葵の服をぎゅっと握り返すと、手に付いていた忌まわしい凶器の爪が消えていた。

しっかりと背中に回った腕は俺より細いはずなのに安心するのはどうしてだろう。




「辛かったですね」



抱きしめたまま頭を撫でられると、ふわりと首から葵の血の匂いがした。
な、に、この目から流れてる奴。
妙に温かくて、邪魔なんだけど。

葵の服に千切れそうなくらい力いっぱいしがみつくと、動悸がおさまった。
頭を撫でられると呼吸が落ち着いた。
怖かった、んだと思う。
自分がどうにかなっていくのが。


「…どうしたんですか?」

「…お、れ…ちっちゃい時に、捨てられて…」




怖かったんだ。
もうどんな温もりも手に入らないと思ってしまう事が。
ようやく俺にとって温かい場所を見つけたのに、また自分の呪われ力で失ってしまう事が。

葵はそれだけ聞くと、良いんです、と頭を撫でた。



体へいっぺんに来た疲れに負けて、俺は葵の腕の中で眠りについた。



 



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