――数週間後



ドドドドドド…



「猫ちゃーん!観念しなさーい!」

「やだ、ぜってーやだ…!」



後ろから四楓院がはさみだの何だのを持って追いかけてくる。
目的は一つ、俺の前髪の中。



「今日こそは健康的な髪にしまっす!」

「ふざけんな!」



走りにはかなり自信があったけど、好奇心で動くこいつの体力は半端じゃない。
まいてもまいてもどこかで必ず追い付いてきて、いい加減泣きそうになる。







結局今日も振り切れず最終手段。
散々逃げ回った廊下から走って隊室に飛び込んだ。


バンッ



「おや七猫、どうしたんで」

「葵っ」



もう半泣きで葵に抱きついた。
言葉の途中で飛びつかれながらも、四楓院の異様なしつこさにカタカタ震えている俺の頭を撫でてくれた。






「空、もう諦めて下さい。七猫が怯えているでしょう」

「えー!空、猫ちゃんの前髪の中見たいですー!」

「そんなことを言っているとまた殺那から雷が落ちますよ」

「そうだな、ご希望にこたえてやろうか空」

「ひっ…わ、分かりましたあ…」



四楓院は葵と檻神に弱い。
その檻神も。



「七猫、いつまで葵様に抱きついているつもりだ。もういいだろう」

「いーの、俺怪我人だし」

「怪我人と葵様に抱きつく行為に因果関係は無いと思うが」

「バリバリあると思うよ」



やれやれ、と葵が仕方なさそうに認めると、檻神はそれ以上何も言わない。
四楓院が葵と檻神に弱いように、檻神も葵に弱かった。
やっぱり葵が一番強い。




思えば『あの時』から、人間とこんなにいたのは初めてだった。
ずいぶん前から街中にいる猫とばかり行動して、いつの間にかそいつらの言葉も分かるようになって、たぶん俺は猫に生まれるはずだったのが間違って人間の形になったんだって思うようになった。

だから「猫みたいだ」と言われるのは、俺からすれば誉め言葉。








人間は嫌いだった。

特に目が嫌いだった。



だけど葵は嫌いじゃなかった。

葵の近くにいる檻神や四楓院も、うるさいけど嫌いじゃなかった。




ここにいるのは、好きだった。







それでもその日は突然やってきて。











いつものように毛布の上で丸まって昼寝をしていた。
もう傷はほとんど治ってきてたから今まで通り丸まって眠ることができるようになった。



そんなある日の昼、『あの時』の夢を見た。
もう顔も覚えていない、父さんと母さんの夢。
もう顔も覚えていない、兄弟達の夢。

俺は暗闇に一人でいて、両手の爪にはわけの分からない怖いものが付いている。
それをたくさんの目が恐れるように、呪いみたいな視線を回りから浴びせる。

分かってる、その目は父さんと母さんと兄弟達なんだ。










俺 が 怖いんだ










その途端ビクッと体が震えて現実に引き戻された。
震える指が毛布をつかむと、ようやく夢から覚めたことに気づく。
身体中が汗だらけで気持ち悪い。

もう怖いことは過ぎ去ったはずなのに、毛布を握る力は全く緩まずにどんどん動悸が激しくなっていく。
頭の中がグルグル回って、今自分が立っているのか寝ているのか分からなくなる。









あ。



ヤバい。




 



back


×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -