女の名前は葵と言った。
水無月 葵。

葵は散歩中に偶然あの廃屋の前を通りかかって、血塗れの俺を見つけたらしい。
例えどんな死に際でも生きることを望まない奴もいるから、意識があるならと「生きたいか」どうか確認をした。

だけどそこでの俺の答えが「分からない」だったから、とりあえず拾って来たと言っていた。



目が覚めた時にはすでに血は葵によって止められていて。
まだ生々しい傷は残っているし痛みは取れていないけれど、あのダルさから解放されただけでずいぶん違う。




「あなたの名前は何と言うんですか?」

「……早蕨 七猫」

「そうですか。それなら七猫と呼びましょう」



俺が拾われた場所はずいぶんややこしくて、葵に何回も順を追って説明してもらった。
ここは零番隊の『隊室』と言うところで、いつも葵を除いて八人の死神が机で仕事をしている。

葵はこの部屋の中で一番偉いらしく、俺の寝ている毛布は葵の机の隣にあったから知らない奴らの中でも安心していられた。
最初から何か注意でもされていたのか、死神達が俺を珍しがって見たり近づいてきたりすることはなかった。



一人を除いては。






「はじめまして!私は四楓院 空って言うんだよー!猫ちゃんって呼んで良いっ?」

「やだ」



唯一この空だの海だの言う奴だけは好奇心には勝てないと言う顔でしょっちゅう俺のところにやってきた。
元々葵の事が大好きみたいで、必然的にその隣で寝ている俺に近づくことにもなったんだろうけど。



「猫ちゃん!ほら猫じゃらし猫じゃらし!」



正直うるさい。
それから猫じゃらしは本気で体が反応するからやめてほしい。



「空、七猫は怪我人なんですから」

「はーい」



大抵は葵の一言で止まるけど、ほとんど暴走に近いときは葵が『副隊長』の檻神とか言う奴に頼んでゲンコツをお見舞いされている。
それでも少しすればまたうるさくなるんだけど。









「四番隊に連れていけたら良いんですけどね」



葵が俺の傷を『霊圧』とか言うので治しているとき、よくこの台詞を言っていた。
四番隊は医療の専門で、傷を治すのも得意なんだと教えてもらった。
だけど死神でも何でもない流魂街の俺を見るわけが無い。

実際に俺の傷の治りは遅い、らしい。
人間の治癒力に比べたら数倍の早さで治っているのは分かるのに、葵は「どうしてこんなに遅いんでしょう」と首をかしげていた。
よく葵が檻神と人間の魂魄の治し方はこれで良いはず、と話していた。
俺は別に治りが遅くても良かった。
元々治るのに一生かかりそうな傷、一ヶ月やそこらで治るかもしれないなら文句があるはずもない。



それと、葵に頭を撫でられるのが好きになっていた。
らしくないことだと自分でも思う。
だけど葵の手は柔らかくて暖かくて、本当に時々優しく笑ってくれると何だか体がムズムズした。



俺が最初に葵と約束したのは、『怪我が治るまではここにいる』と言うことだった。
怪我が治れば、ここから出ていかなきゃならない。
本当にらしくないけど、傷の治りが遅くても構わなかったのは。





まだここにいたかったからかもしれない。



 



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