「何かあったんですか乱菊さん」

「あんたが行った少し後に、七猫が暴れだしたのよ!何か大きな爪みたいなの手に付けてて止められないの!」



それを聞いた葵の目が驚いたようにわずかに見開く。



「やはりなりましたか……」

「あの子どうしちゃったの?本当に見境がなくなってたわよ」

「乱菊さんも良く知っているものですよ」



「何それ」と聞こうとした次の瞬間には、葵はもう霊圧を使って走る速度を早めていた。
今度は逆に乱菊が引っ張られる形になりながらも、どうにか着いた隊室の外ではギンが待っていた。



「葵、来れたんか」

「ええ、怪我人はいますか?」

「今のところおらんわ」

「分かりました」



返事もそこそこに、半ば飛び込むように開けた扉の向こうは、異様な光景だった。






まず聞こえるのは荒い息の音。

それから低い唸り声。

攻撃が及ばぬよう隅へ寄せられた机。



金属同士がぶつかり合う音の先では、真剣な顔の殺那が斬魄刀を抜いて襲い来るそれから必死に抵抗している。
混沌とした部屋の中心にいるのは、七猫だった。

息を荒げ、その両手には巨大な爪の形をした鎌を斬魄刀として付けながら。
どこかでは怯え、どこかでは恐れ、どこかでは行き場の無い感情に動かされているように、容赦なく殺那へ爪を振るっていた。

シャーッと毛を逆立てて警戒する獣に、葵は何のためらいもなく駆け寄る。





「七猫」

「!」



その声に反応したように勢い良く振り返ったその体を。
葵は腕を伸ばしてしっかりと抱き締めた。

不意を突かれた猫の頭へ両腕を回し自分の懐へ落ち着ける。
七猫も本能的にその腕から逃れようと暴れた。
揺れた銀髪の隙間から鋭い瞳孔が見えたような気がしたが、すぐに葵の腕によって見えなくなった。






「大丈夫です、七猫」






静かに葵が呟くと、暴れるその力が少しずつ小さくなっていく。
鋭利な爪も服の上から食い込ませるだけで引き裂くことはない。
そのうち斬魄刀である爪もフッと消えた。

少しだけその場が静まる。







「殺那、もう心配ありません。少々人払いをお願いします」

「はい」



今まで七猫を何とか抑えていた殺那が部屋の隅へ視線を送ると、鬼道を張って中へ避難していた空と他の隊員達も出てきた。



「松本様と市丸様もすいませんが、廊下へ」

「あ、うん……」



先程まで激しい戦いをしていたにも関わらず、テキパキと隊員達を避難させる動きに流されて、二人も部屋を後にした。









「…ごめんなさい、ビックリしたですよね」



珍しく空が元気なく二人へ言った。
いるのは廊下だが、閉じられた扉の向こうから音は全く聞こえてこない。



「なしたん、あの七猫とか言う子」

「猫ちゃんは時々不安定になって、ああ言う風に暴れちゃうんです」



少しシュンとして、お二人になら、と続けた。



「猫ちゃん捨て猫だったんです。それを葵様が拾ってきたんですけど、親の人に捨てられるのって本人が気づいていなくても、辛いみたいです。トラウマだとか聞きました」



捨てられた時の恐怖は、とても大きいものだと言う。
たとえ本人が忘れていても。
自分でも気づかないうちに過去の思い出が脳裏に蘇り、不安と恐怖に襲われて、暴れてしまう。

それは絶対である存在に止められるまで終わらない。




「それでも葵様がああすると猫ちゃんは落ち着くんです。本当に時々だし、猫ちゃんにも悪気はなくて…!」



それを聞いて、空がなぜ元気がないのかようやくギンと乱菊にも分かった。


 



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