「猫ちゃんは良いんです」



空から返ってきたのは少し意外な言葉だった。



「…ええの?」

「はい、猫ちゃんは良いんです。葵様の隣で」



満面の笑顔で言うあたり偽りはないらしい。
だとしたらずいぶん不思議な決まりだ。
ふうん、と乱菊が相槌を打った時、窓から一羽の地獄蝶が入って来た。

隊室の天井を二三度旋回した後、静かに葵の指先へ落ち着く。





「誰から?」

「総隊長です。以前頼み事をしていたので」



目を細めながら静かにそれを読み終えて、ふ、と蝶を外へ逃がした。



「少し総隊長の所へ行ってきます。市丸隊長と乱菊さんはここで待っていてもらえますか?」

「それは良いけど、一人で行くなら気を抜くんじゃないのよ」

「気ぃつけや」

「はい」



本当に心配そうにしている二人へしっかりと返事をしてから隊室を出た。
その時扉まで見送りに来た殺那へ、葵が声を潜めて囁く。





「七猫を、見ていてください」

「……はい」



勘づかれないよう静かに二人が視線をやった先には、毛布の上で丸まって寝ている猫がいた。





















――総隊長室兼一番隊隊長室。


「……お主は儂に滅多に望みを言わぬのお」

「そうでしょうか」

「うむ。零番隊の解散を請願した時、以前に半日だけ休暇を出した時、そして今。これだけ長く関わっとるのに片手の数ほどもないじゃろう」



指折り数える元柳斎の前で、葵はこれといった表情を浮かべなかった。



「しかし今回の願いはまた奇抜じゃの。そんな事を頼んでくるとは」

「意外でしたか?」

「……否、お主のやることはすべて意外じゃよ。中々時間はかかるが、やってみよう」

「ありがとうございます」



何か気にかかることでもあるのか、すぐその場から腰を上げた葵へ。




「零番隊が復活して、今日で何日じゃ?」

「まだ二日目です。そして、あと二十九日です」



元々一ヶ月のみの復活。
隊員も口には出さないが、その残りの日数を数えてしまう者は少なからずいるだろう。



「主の隊員としても儂としても、ずっと復活させたままでも良いのじゃぞ?」

「いえ、一ヶ月で良いんです。私の我が儘に付き合わせてしまうのは」

「我が儘のう…なぜ今回の事件が主の我が儘になるのか、儂は少しも教えられておらぬぞ」



ご不満らしい元柳斎に葵は少し苦笑して、一ヶ月後には全て終わっていますから、とだけ言った。



























元柳斎の部屋を出た後。
行きも帰りも、廊下を歩いていると最初の頃と全く変わらない好奇の視線を浴びた。
それでも最初の頃と何も変わらず、葵はそんなものが無いように歩みを進めていく。

ふと人のいない廊下を歩いている時、縁側にさしかかった。
開け放たれたそこから見えた、うっすらと雪の積もった庭。
白い砂糖のような雪景色に、赤い色が落ちている。



それは木から散った椿の花の一片の花びらだった。
確か秋から春にかけて長い間咲く花だと聞いたことがある。








椿の花――『花椿美花』。







咲き誇っているにも関わらず、落ちまい落ちまいと必死に枝へ自分を縛り付けている彼女は今、何を思っているのだろうと。

葵は遠い目で薄雪のかぶった椿の木を見つめていた。



ふい、と視線を戻して再び歩きだそうとした時。






「葵!」



背後から乱菊が息を切らせて走ってきた。
その表情から並々ならぬものがうかがえる。



「どうしました?」

「良いから早く来て!」



葵の手をぐいっと引っ張り、無理矢理ながらそのまま真っ直ぐ走り出した。


 



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