驚いて目を開けた先で最初に見たのは先輩が隊室の奥まで吹き飛ばされる姿でした。
空は入り口の扉にうずくまっていたのですからそんな風が起こるはずないのです。
すぐに後ろを振り返ると、なんと空がうずくまっていた身長分より上の扉は壊れてその部分がありませんでした。
その扉の向こうに立っていたのは。
葵様と殺那さんでした。
床に座り込んでいたので、いつも雪に絵を描いている時と全く同じ視点の先に葵様はいました。
一歩下がった隣にはきちんと殺那さんも立っていて、右手を空中にかざしています。
空も言葉がありませんでしたが、それよりも突然の襲撃を受けた一番隊の人達の方が言葉が無いようでした。
「れ、零番隊隊長…」
隊員の中の誰かがそう呟きました。
…え?隊長?
誰が?
先輩達の視線を辿って、空はようやく、それが葵様のことだと気がつきました。
開いた口が塞がりませんでした。
「こちらではずいぶん熱心な教育をしているんですね」
壁にぶつかったまま失神している先輩と泣いている空を見て、葵様が呟きます。
だけどここは一番隊のテリトリーなのです。
三席の人が言いました。
「……我々の隊の者をどう扱おうと我々の隊の問題です。口出ししないでいただけますか零番隊隊長殿」
「それならば今から空はあなた達の隊員ではなくなります」
殺那、という声にすぐさま殺那さんが一枚の紙を取り出して三席の人に見せました。
「零番隊隊長水無月葵の命により、今から四楓院空を零番隊の席官とします。総隊長はすでに承諾済みですので、気になさらないでください」
漢字がたくさんのその言葉が、その時はすんなり頭に入りました。
それと同時に嬉しさと信じられなさでいっぱいでした。
行きましょうか、とあの日初めて空に声をかけてくれた時のように、葵様は優しく空に言いました。
空は、大声で泣くのをこの日ほど堪えたことはありませんでした。
零番隊に入った最初は少しだけ戸惑ったけれど、葵様もいるだけあってすぐに馴染むことができました。
ちょっとしたことで殺那さんを殺ちゃんと呼ぶようになってからは、完璧に警戒がなくなりました。
殺ちゃんは厳しいけど優しい人でした。
空が書類のどこでつまずくか、何が出来るかを知った上で書類仕事をさせてくれました。
よく怒るけど、殺ちゃんは優しい人だと分かっているから、それも辛くはありませんでした。
葵様。
空を助けてくれた葵様。
あの時どうして一番隊の扉が吹っ飛んだのか尋ねると、殺ちゃんに手伝ってもらいながら、人よりたくさんある霊圧の少しを使ったんだと教えてくれました。
使い方を間違えれば、周りの人を傷つけてしまうとも。
「怖いですか?」
と葵様はなぜか少しだけ悲しそうにそう聞きました。
なぜそんなことを尋ねるのでしょう、昔それで嫌なことでもあったのでしょうか。
葵様を怖いはずがありません。
空は葵様が好きです、大好きです、幸せになってほしいです。
葵様を怖いだなんて言う人がいたら空がぶん殴ってやります。
だから、だからお願いです。
そんなに悲しい顔をしないでください。
「……葵様、なぜ空を零番隊に入れてくれたんですか?空は落ちこぼれって言われてますよ」
「一番隊にいたじゃないですか」
「それは空が貴族だからです」
「総隊長はそんなことで一番隊に入れたりしませんよ。貴族の朽木さんも六番隊でしょう」
「あ!そうですね!」
納得した空に、葵様はそれから、と付け足されて。
「空に声をかけたのは、殺那にそうするよう言われたからなんです」
「はい、知ってます」
「その時殺那は、『葵様、いつもあの屋根からこちらを見ている死神に注意してください。かなりの力があるものです』って言ったんですよ」
「…殺ちゃんが!?」
「ええ。殺那がそこまで言う人は滅多にいませんでしたから確信はあったんですけど、突然零番隊に勧誘するのも何でしょう」
なんと葵様は最初から空を零番隊に引き抜くつもりだったようです。
それなら始めから言ってくれればすぐにでも入ったのに!と思わず叫ぶと、葵様は初めて空に向かって笑いました。
すっごく素敵な笑顔でした。
空はこの人のそばにいられて幸せだ、なんて、思いました。
それから解散が言い渡されるまでの間の毎日は、本当に本当に楽しかったです。
心の底から嬉しかったです。
零番隊が復活することができた今も、もちろんそれは変わりません。
「葵様!」
「何です?空」
「空は葵様が大好きですよ!」
あの頃と変わらず隊長机に座っている葵様はそれを聞くと、知っていますよ、と穏やかな顔になられました。
ああどうか優しいこの方が。
いつの日か本当に幸せになれますように。
それが空の一番の願いです、葵様。
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空に命をくれた二人のために
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