だけどある日、一度だけ空は泣きました。
元気な空が好きだと言ってくれた葵様の前で泣いてしまいました。
小さなことでした。
いつものように一番隊の扉に鍵をかけられて入れないようにされていました。
いつもならしょうがないと半ば諦めて外に行けます、でも。
その日は何のミスもしていないのです。
初めてでしたけど、その日は書類もお茶くみも何一つ間違えずに出来た日だったのです。
こうしてちゃんと他の隊長さんから書類ももらってこれたのです。
なのに。
隊室には入れてはもらえませんでした。
何の間違いもしないのが普通の人です、空がおかしいのです、きちんとやれない空がいけないのです、こうされても仕方ないのです、空は弱い、弱いからこんなことにも耐えられないの、です。
いつもそう言い聞かせていました、けど。
この日ばかりは無理でした。
辛かったんです、苦しかったんです。
本当はとても悲しかったんです。
だから走って行った葵様の前でも笑うことが出来なかったんです。
謝りながら泣き続ける空の頭を葵様は撫でてくれました。
その手があまりに優しいから一番隊での死んでしまいそうな空のことも全て話してしまいました。
空は涙でぐしゃぐしゃになりながら、もう限界だったんだと、気づきました。
泣いてしまった次の日、空はたくさんの仕事を言い渡されて葵様の所へ行くことが出来ませんでした。
その日は特別隊が忙しかったのでちょっとビクビクしながら仕事をしました。
だってこんな日は大抵イライラした先輩の目に止まりやすいからです。
「おい四楓院!」
その声に一瞬筆を持っていた手が跳ねました。
見ると入り口の近くの席にいる先輩がさっき提出した書類を持って怒っています。
でもそれにミスはないはずです。
昨日、殺那さんに見てもらったんですから。
とても怖いけれど早く行かないととてつもなく痛く殴られるので急いで先輩の前に行きました。
「な、なんでしょう……」
「何だこの書類の書き方は」
「書き…方?」
「俺はこんな書き方をしろとは言っていない」
「!でっでもずっと前からこの書き方で良いって先輩が―」
次の瞬間突然張り倒されて、空は勢い良く隊室の扉に背中ごとぶつかりました。
「トロいくせに口答えするんじゃねえ!」
「でもっ空は何も間違って…」
その言葉を遮るように先輩の投げた硯が顔のすぐ横に当たりました。
「きゃっ!」
縮こまった体から顔を上げると、そこに立っていたのは空の前で仁王立ちになった先輩でした。
空は確かに落ちこぼれです、トロいです、それは良く分かってます。
でも、こんなの、ひどいです。
ひどいです神様。
いつの間にか泣いていた空の目に先輩の振り上げた拳が見えました。
その後ろにいる他の隊員の人達、青ざめた顔で俯いているのも見えました。
皆自分にその標的が向かないよう、押し黙っています。
「お前はいっぺん痛い目見ないとわかんねえみたいだなあ…」
先、輩、その拳を、どうするんです、か。
すっごくすっごく、痛いことですか。
叩かれるよりも痛いですか。
空は、叩かれるだけなら良いんです、殴られたって良いんです。
でも、体よりも中身を叩かれるのは、殴られるのは。
死ぬよりも辛いん、です。
「ぃ…やだ…」
先輩が笑いながら近づいて来ますが、空にはもう下がれる場所がありません。
重くて大きな拳が先輩の肩の高さより上がってから止まり、ものすごい早さで空へ振り下ろされました。
「!」
そのあまりの恐怖に、ぎゅっと耳を塞いで目を固くつぶりました。
瞬間。
目の覚めるような轟音と共に、背中から大きな風が吹きました。
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