その日は特に大きなミスをしたわけではありませんでしたが、先輩の虫の居所が悪かったのだと思います。
頭を冷やしてこいと外に出されました。
特に怖い一人の先輩に目をつけられてしまい、最近では口で言っても分からないからと叩かれることも多くなりました。
でもそれは仕事のできない空がいけないのです。
先輩は悪くないのです。
頭を冷やしたって何も入っていないんだからどうしようもないのに、と思いながら空は追い出された隊舎から外に行きました。
外はとても寒かったけど中にいたら怒られるので仕方ありません。
「…寒い、なあ…」
もう冬が近づいていて、身も凍りそうな寒さの中俯いて歩いていました。
任期を終えるまで四楓院に帰ることは許されなかったので、どれだけ今の場所が辛いといってもどうすることも出来ません。
他の隊に行っても今と同じような状況になるだろうな、とも思っていました。
「……寒い…」
どうすればいいのか分からなくなってその場にうずくまりました。
ここは東流魂街地区と瀞霊廷の境だったので人は全くいませんでした。
ぎゅっとしゃがんだまま膝を抱えても少しも暖かくならなくて泣きそうになりました。
隊の中でいじめられているなんて、気づきたくありませんでした。
空は間違いなくあの時。
死にたかったんだろうと思います。
ふとそんな折、首筋にちらりと何かが触れました。
一瞬すぎて冷たいのか温かいのかも分からなかったけど、不思議に顔を上げると白い物が降っていました。
「…雪だぁ…」
それは今年に入って初めての雪で、とても綺麗なものだったのでしょうけど。
その時の空は「だから寒いんだ」くらいにしか感じませんでした。
毎年雪が降ったら大喜びで外を走り回っていた自分が何だか嘘のようでした。
そんな時、ふと人の気配がして何となく正面を向いたら。
その人はいました。
一瞬息が止まりました。
今その人を視界に入れるまでこんな近くにいるとは気づかなかったのです。
その人はとても白い人でした。
そして綺麗な人でした。
空が見たのは横顔で、白い隊服に黒い羽織を羽織った不思議な格好をしていました。
その人はいつまでもいつまでも、紙のようなものを握って東流魂街の方を見つめていました。
空も雪も目に入っていないようでした。
「ぁ…」
その姿の、触れれば溶けて消えてしまいそうな儚さに、思わず声を上げました。
それでもとても小さな声だったのですが、その人は空に気づきました。
空を正面から見たその人の顔は、とても綺麗で。
とても哀しそうでした。
「…何か?」
「いいいえ!しし失礼しましたっ!!」
突然その人が空に話しかけるものですから。
空は何もその人に用事があるわけでもないのにただ見ていただけですから。
明らかにどもって何かを叫びながら逃げてしまいました。
心臓がバクバクしていました。
ああそういえば、人前で叫んだのも走ったのも久しぶりです。
走って走ってあの人が見えなくなるまで走って、ようやく立ち止まったのは正反対にある西流魂街地区の前でした。
ぜぇぜぇ息が切れて、身体中が熱くなってその場に座り込みました。
どれだけ喉が苦しくっても、脇腹が痛くっても、なぜか頭に残るのは。
あの人の美しく悲しい顔だけでした。
次の日から空はその人の姿を見に行くようになりました。
その人を見ていると、嫌な事があった日でも少しずつ心が落ち着くのです。
きっと、何か美しい風景を眺めるような気持ちだったのでしょう。
もちろん近くへ行っても話しかけられる会話が無かったので、遠くから見つめるだけでしたが。
その人は雨が降っている以外、晴れの日も曇りの日も同じ東流魂街地区との前に立っていました。
その人がそこに立っている時間は朝だったり昼だったりバラバラでした。
時間が出来ると来るようです。
空も一番隊を追い出されたり閉め出されたりした時は、いつも屋根の上に行き、その人があの場所に立つのを待つようになりました。
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