「あら葵、おはよう」

「おはようございます、乱菊さん」



昨日と変わらぬ挨拶をして仕事に取り掛かる葵とは裏腹に、乱菊はソッと辺りを見回した。



(葵……本当に気付いてないのかしら……)



実はかなりの人数の隊員が葵へを視線を向けている。
それは敵意か好奇心かは分からないが、元凶の美花は三席の男隊員の後ろに隠れて、葵のことを怖がっている演技をしているし。
小さな声で美花を慰める声と、葵を中傷する言葉も飛び交っていると言うのに。



(もし本当に気付いてないなら…相当イジめがい無いわねこの子。まあ聞こえない振りをしてるんでしょうけど)



乱菊の葵に関する知識が一つ増えたところで、本人が仕事道具を取り出そうと、机の大きな抽出を開けた。

油断、していた。

抽出を開けた葵めがけて、その中に仕込まれていた一段と大きなカエルが飛び跳ねてきた。




「きゃああああああああっ!!」



甲高い叫び声が室内に響いて、様子を伺っていた隊員達がクスクス笑う。
ようやくしつこいカエル攻撃の威力が表れた。



……乱菊に。



「……乱菊さん、大丈夫ですか。」

「だっ大丈夫もどうもないわよ!」



大きなカエルは飛び跳ねたものの葵に触れることなく、葵の斬魄刀の鞘によって間接的に叩き返されていた。
それを見た隊員達の嬉しそうな笑みが消える。



「ちっ」

「もっと驚けよな……」



それを耳にした乱菊が般若のような顔で睨みつけた。


「…さっき私の声聞いて笑った奴、誰?」



そこで隊員達はようやく事の重大さを知る。
サアッと青くなった隊員達と、まだ開けた抽出の中を無言で覗き込んでいる葵。



「…乱菊さん」

「はい?」



おもむろに乱菊を呼んだ。



「乱菊さんは、カエル苦手ですか?」

「好きな女子なんていないわよ」

「そうですか、なら…」



じっと、中を見つめながら。



「…コレは見ないほうが良いかもしれません」



カエルが詰め込まれたバケツは緑色だった。
緑色の海。
けれどこの抽出の中は。
紅色の海。



「…何があったのよ?」



葵が何の感情も浮かべない顔を上げると、乱菊にも見えるように抽出を大きく開けた。
そこには。



カエルの惨殺死体がいくつも転がっていた。



「なっ…」



葵が驚愕を浮かべる乱菊の顔からそれらへと視線を戻す。
やはり何の表情も浮かべずに。



「何よ…ソレ…」



一瞬だけ見えた緑と赤い紅色。
白い泡と桃色の中身。
汚く醜い実験の解剖のようなカエルの死体。

それが、何匹も、何匹も。

青ざめた乱菊がとっさに周囲を見渡せば、どこかに含み笑いをしている男隊員がいる。
それらを問いつめる気力もなく



「…日番谷、たいちょ…」



自分の隊長へと顔を向けた。



「……何だ」

「葵の抽出に…かっカエルの…」



けれど、日番谷が言葉を発することは無かった。
眉間にしわを寄せ、乱菊から目線を外さないまま微かに首を横に振る。

言うな、とその瞳が語っていた。


 



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