「…何でそういう計算になる!」
「やー!殺ちゃん怒ったー!」
廊下にいても聞こえそうな二つの声が零番隊の隊室から聞こえた。
零番隊の名物の一つ目、厳しい副隊長によるミスが多い第三席への小言。
「全く……書類は良いから四十六室から認証印をもらって来い」
「やだ!私も机仕事が良い!」
「そう言うことは誤字脱字計算ミスを無くしてから言え」
「熱意はあるもん!」
「熱意と成果が結び付かない特殊なタイプなんだお前は」
全ての反撃をことごとく殺那に叩き返され、うー…とうめきながらスゴスゴ出ていった。
零番隊隊室最奥に置かれた机からそれを見ていた葵。
「……相変わらずですね」
「あいつらうるせ」
零番隊の名物二つ目、静かにそれを見守る零番隊隊長とずっとその隣にいる第四席。
その他の席官の机は全て番号順に並んでいるのに、七猫の場所だけは葵の隣。
机も持っておらず、折り畳まれた毛布の上に座っているか丸まっているかどちらか。
そんな変わらない日常をクスクス笑いながらも自分の仕事をやる他の席官達。
全て昔と同じ。
「ったくあいつは……」
「ご苦労様です殺那。相変わらず空の書類は凄いミスですね」
「はい、空白期間を感じさせませんよ。何をどう計算したら決算の100が10000になるんだか……」
「根がおおらかなんでしょう」
それ以前に一度空の頭の中を見てみたいと思ったが何か恐ろしい物を感じたのでやめた殺那だった。
それでも認証印をもらいに行くとなると、誰でもすごんでしまう四十六室と面識のある彼女はとても早く終わらせることが出来る人材だ。
比較的短い午前中はこんな様子で過ぎていく。
時は流れ、昼頃。
昼食をとり終えてまた執務を再開していると。
「はーい葵ー!」
派手に零番隊隊室の扉を開け放して乱菊がやってきた。
一斉に自分に集中した隊員達の視線などもろともしていない。
「…乱菊さん、ここは十番隊ではありませんよ」
「?知ってるわよ」
それならなぜそんなに派手に登場出来るのか葵には不思議でならなかった。
いくら知り合いが多いとは言え。
「あ、松本様だ」
「松本様だ」
「一人だー」
乱菊が部屋の真ん中を突っ切るとあちこちで隊員の口からそんな言葉が無意識に出た。
やはり自分たちの隊長に最も近しい者だと反応してしまう。
「ねえ、葵」
「何です?」
「…『これ』が七猫?」
「はい」
葵の机の前までやってきた乱菊が、不思議そうに隣にちょこんと丸まっている七猫を指差した。
折り畳まれた毛布の上で一人だけ仕事も何もしていない姿に、他の者同様耳と尻尾が見えたに違いない。
「近くで見るの初めてなのよ。本当に髪色が似てるわね―…」
そう言ってちょっと頭に触ろううとしたけれど嫌だと言うように逃げられてしまった。
「あ、松本様!お久しぶりでーす!」
「あら空、全然お久しぶりじゃないけどね」
乱菊がすぐそばに走ってきた空の頭を撫でていると、不意に葵が尋ねた。
「乱菊さんお一人ですか?」
「ギンは用事があるから後から来るわ。あ、それより葵ってもう霊圧制御してないの?」
「いえ。一応今まで通り制御していますが、術式は自分で解けるようになっています」
「もう葵様は誰の霊圧か察知したり治癒霊圧使ったりとか出来るんですよー」
その言葉にピクッと乱菊が反応した。
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