意識を取り戻したのはその日の夜。
自分の屋敷の自分の部屋で気がついた。
誰が倒れた俺を運んだのかは分からないが、それよりも俺の中を占めていたのはもっと別の事。

初めて自ら挑んだ戦いだと言うのに。
初めて負けたと言うのに。
悔しさは微塵もなかった。

あの膨大な霊圧を抱える存在と、それを中心に据える零番隊。
その繋がりが、ほんの少し見えたような気がした。
そして、自分の役割も。





「殺那、気がついたか」



襖を開けて父上が入って来た。
倒れた俺が戻って来たから負けた事は分かっているはずなのに、その顔に怒りは少しも込められていない。



「初めて負けを知った割りには、落ち着いているな」

「…ああ。それはきっと、相手のおかげだと思います」



未練など何も残さないように、最初から結果の分かる戦いで。
あれだけの長い間俺の相手をした。
俺にだけ、斬魄刀を見せた。
そこまでされて未練を持っていては情けない。




「……それでも中々、辛いですよ。自分が小さかったことを受け入れるのは」



そう言うと、父上がどこか満足気に微笑んだ。
良かった、と言うように。



「お前には才能がありすぎた……ただそれだけなのにな」

「はい?」

「いや、意味は分からなくて良い。今日はゆっくり休め」



そのまま出ていった父上の後ろ姿を眺め、すみませんと一度だけ言いつけを破ることを詫びて。
俺は斬魄刀を持っていつものように鍛練場へ行った。








毎晩と同じ斬魄刀との対話。
けれど今夜は違う。
話すことが、違う。



「……俺はあの方のお側にいたい。お前は俺と一緒に来てくれるか」



差し込む月の光を浴びながら、カタカタッと斬魄刀が肯定するように震えた。
俺に新しい世界を見せたあの強く儚い人の力になろうと誓ったその夜。

俺は斬魄刀『炎呪』の名を聞いた。



炎呪は自らの能力が炎だということも、ある人への尊敬の念がその力だと言うことも教えてくれた。
俺が、いつまでも斬魄刀の名が聞けずにいたのは、『尊敬』という物を抱いたことがないからだった。



(…お前には才能がありすぎた)



才能が、あったから。
誰かに負けることも学ぶこともなかった。
尊敬などしなかった。
実の父親でさえ。

今日という日が無ければ俺は、一生炎呪の名前を聞けなかったかもしれない。
斬魄刀を腰に戻し鍛練場を出た。
大きな満月の夜だった。












一ヶ月後。


「葵様、あまり昼間から外に出られては目立ちますよ」

「ああ殺那……その、葵様というのはどうにかなりませんか?」

「どうにかとは?」

「様付けは慣れていないんです」

「駄目です」

「即答ですか」



正式に護廷十三隊へ入隊した俺は無事零番隊の副隊長へ収まった。
まだ圧倒的に隊員が足りないため機能はしていないが、こうして隊員集めをしている。



「そういえば殺那、前にハサミを探していましたね」

「ああ、髪を切ろうと思いまして」

「…切ってしまうんですか?」

「単なる願かけでしたから」



目標は叶ったのだからこれ以上伸ばす必要はなくなった。
それ以前に女に間違えられそうで怖いと言うのもあるが。



「私は殺那の髪、好きだったんですけどね」

「え……」



…困った。
切れなくなった。



「じゃあ、また願かけをします。葵様のお側を離れる時が来ない限り切りません」



これなら一生切らずに済みます、と言うと。



「…一生殺那と一緒と言うのもアレですね」

「いっ、嫌でしたか」

「冗談です」



……葵様は、どうやら俺をからかうのが好きらしい。
どうしよう。



「さて、残りの隊員を集めましょうか」

「はい。総隊長の方で六人ほど探してくれるそうですので、俺達はあと二人分です」

「そうですね…改めて、よろしくお願いします殺那」







「こちらこそ、葵様」






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いつか最期のその時まで



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