夜。
毎晩俺は人気のなくなった鍛練場の真ん中で刀と対話を試みる。
差し込む月明かりだけの暗闇の中で、ただひたすら、俺の斬魄刀と一緒にいる。
ずいぶんと昔から続けてきたが、たとえ刀と対話はできても名は聞けない。

具象化した姿でさえ炎のような形をしているとしか分からないのだ。





「殺那、まだやっていたのか」

「……父上」



普段俺の修練には口を出さない父上が珍しくやって来た。



「お前、明日誰かと戦い合う気だろう」

「なぜそれを……」

「お前の目を見れば分かる」



悟られて複雑な俺とは裏腹に、どこか父上は嬉しそうだった。



「まさかお前が、自分から刀を抜く日が来ようとはな」



その言葉がやけに鮮明に聞こえた。
自分から、という言葉が耳に残る。

…ああ、そうだ。
俺は、誰かと戦いたいなど、一度も思ったことはなかったのに。



総隊長にされた事で苛立っていたとはいえ、実際零番隊の隊長であるあの女に責任はない。
「私には戦う理由がない」と言っていた理由も今なら分かる。

俺は一族で誰よりも血の気がなかったはず、だ。



そう気がついた時、父上が厳かに聞いた。



「もしかして明日戦うのは…零番隊の隊長か?」

「どうしてご存知なんですか」

「いや…お前が自分から戦いを挑むならもうその存在しかいないだろうとは、思っていた。殺那」

「はい」



父上がしっかりと俺を見据えて言った。
生まれてからの父上の中で一番真剣な目で。





「零番隊の隊長と言うのは今までの有象無象な相手とは種類が違う。死すら問うな」

「……はい」










次の日。
時間通り昨日と同じ東流魂街側の敷地に行くと、そいつはいた。
戦いを挑まれた相手だと言うのに、俺を見てもさして驚いた様子はなく。
ただ変わらない白さだけがそこにあった。

俺は昨日とはまるで別人のように落ち着いていた。
なぜだろう。
なぜこの存在と戦いたいと感じたのか。



一時の怒りなどではなかったはずだ。




「始めるぞ」





戦えば、分かると思った。










刀を構えた俺に、女はチャリ、と首から下げた鍵を握った。
変わらずの無表情で。



「独り言を言っても良いですか」

「何だ」

「私は今まで誰にも自分の斬魄刀の能力を見せたことはありません」

「…なに?」



女は腰に下げている刀に触れようともせずに言った。



「見せるのは恐らく、あなたが最初で最後でしょう」



よろしくお願いします、と一言いい、一度だけ目を閉じてから。
しっかりと射抜くような眼差しで俺を見た。






「行きましょう、蒼鼎」






始解の声と共に膨大な霊圧が相手の体から溢れ出した。
空気と地面が同時に揺れ、少しの間は立つのもままならない。
それなのに向こうは刀すら抜かない。

ただ一つ、首から下げられた鍵が鈍く光っていた。



「くっ…!」



それでも持ち前の筋力と霊圧で振り切り、前へ飛び出した。
大きく振り上げた刀が女を捉える、が。



「蒼鼎、『壁』」

「!」



金属が弾き合う音が響き、振り下ろした刃が相手の目の前で止められた。
まるで目に見えない壁に阻まれているように。



「な…!?」



刀が食い込んでいる空間を蹴り上げ後ろに着地する。
相変わらずそこには巨大な霊圧以外に何も認識出来ないが、確かに壁のようなものを蹴りあげた感触があった。

女は、動かないまま。






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