この工場は今も県内のどこかに存在している!!!! | ナノ




07

 いつものように午前中の業務を終える時間帯。終業兼昼のサイレンが鳴り響くのを待ちながら伊沢は堀澤と喋り始めた。今日は幸いな事にあのアホ専務が来ていないらしい、自由な時間を楽しめる。

 というか近頃奴の姿を見ないのは気のせいか?……そのまま一生来なければいいがそういうわけにもいかんだろう。

 この時伊沢は気付く筈も無かった。専務の姿も見当たらないし、同時に例の「歩く巨大な陰茎男」の姿もどこにも無い事を。

「いやあ、専務がいないと本当に気が楽だよな。好き勝手出来るよ」
「だな。このままずっと来ない方が仕事はかどる気がするわー」

 そんな他愛も無い愚痴が続き、もうあと一分ほどでサイレンの鳴る頃だという時だった。一瞬、サイレンが故障でもしたのかと思った。昼食前の和やかな空気をブチ壊すが如く突然のようにその場に響き渡ったのは音階の狂ったけたたましいサイレンの音――いや恐らくこれは、人の発する声だろう。

「何……っ?」

 うー、うー、とまるでサイレンをまねているようなそのけたたましい絶叫は徐々に大きく聞こえ始めた。実に不快な、鼓膜そのものを揺るがすような嫌な悲鳴だった。感覚的に言えばちょうど、黒板を爪でひっかいている時の不快さに似ていた。

 とにかく、これ以上聞いていたくないものであった。

「ちょっと何なの一体……!?」

 女の子達が騒ぎ出すのと同時に他の社員達も立ち上がり始めた。

「あのババア。また薬入れるの忘れてやがんだ、馬鹿野郎」

 誰かがはっきりとそう叫んだ。

 おばあさんの、ところどころ歯の無くなったあの笑顔を思い出した。ざわつきだす一同を掻い潜るようにしながら走り抜けるのは――やっぱり、そう、長谷川さんだった。

 周囲を顧みる事もなく一心不乱に、長谷川は扉を開けて走って行った。集まる別の社員達を押しのけながら長谷川は奇声を上げるそいつ……孫の慎二郎へと駆け寄って行く。

「あああああああ! うーーーー!」

 慎二郎は髪の毛を掻き毟りながら喚き散らし、壁に頭をぶつけるなどの奇行を繰り返していた。長谷川はそれを押さえながら幾度と声をかけた。

「大丈夫だから! 大丈夫ですから……落ち着いて」

 冷静で無口な長谷川の姿しか見た事のない社員達は心底――二重に驚かされた事だろう。伊沢はまあ事前にそんな彼を目撃したことがあったためか他の人よりは冷静だったように思う。

――……

 長谷川は崩れ落ちる慎二郎の姿を抱きとめながら何度も何度も「大丈夫だから」という言葉を繰り返していた。自分含めてそうだが、皆、何もできなかった。只その光景をまるでテレビドラマでも見ている時のようにじっと眺めているだけであった。

――こんな時に親は何してるんだよ? 本来なら長谷川さんのこの役割を果たすのが親の仕事だろ……?

 どこか冷めた風に、伊沢がそれを見下ろしていた。


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