06
長い事勤めているだけあって、一家との付き合いも深いのだろう。その辺の事情はこちらの方が詳しそうだ。
伊沢が興味深く聞き返すと、おばちゃんは同じようにお茶を啜ってから続けた。
「スラーっとして、背も高くて。綺麗な顔してたのよ。お母さん見てたら、分かるでしょうけど。礼儀正しくて本当にいい子だったのだけれど」
おばちゃんは過去形でそう言って、昔を思い出しているみたいに目を伏せた。
「たまーに、掃除に来るおばあさん見たことない? 背の低い、社長くらい腰の曲がったおばあさん」
突然のように振られて伊沢はしばし考えを巡らせた。
「ああ〜。いますね」
思い浮かぶのは、青いポリバケツを片手にゴム手袋をした両手で会社内をうろうろと徘徊している小柄なおばあさんの姿だ。
年齢は多分、社長と同じくらいだろう――もう年齢も年齢だし、まともに動けないのもあるのだろう。そのおばあさんに掃除を任せると更に汚くなってしまう事で有名だった。
「あのおばあさんがね、社長が動けない時は代わりにご飯を作って運んでるのよ。最近しょっちゅう来てるからよーく観察してみなさいな」
「ご飯を? けどあの人、掃除だってろくすっぽ出来ないのに。出来るんすか?」
「ねえ、不思議になるでしょう。この前、どんなもの作ってるんだろうってこっそり覗いたら彩りもバランスも悪ーい……まるで鳥のエサみたいなものばかりだったわ」
そう言っておばちゃんがケラケラと笑った。
伊沢はそこまでで、あの日初めて孫に対峙した時の事を思い出した。彼を押さえていた白衣の連中が言っていた、「昼飯に薬を入れ忘れたんだ」といった感じの台詞。
――そうか、ご飯の中に安定剤を入れて普段は落ち着かせてるのか
昼食を終えた後、タイミングのいい事に例のおばあさんを見つけた。おばあさんはお盆を手に、おぼつかない足取りでおろおろと歩いている。
「あ、大丈夫ですか?」
その背後から声をかけるとおばあさんがゆっくりと振り返った。返事の代わりだろう、おばあさんはニターっと歯を覗かせて微笑んだ。
ただし、その歯が数本無く隙間が出来ていた。思わず苦笑を浮かべるのを気にも留めずにおばあさんはその階段を上って行った。
――鳥の餌、かあ……
チラっと見る限りでは、ざる蕎麦か冷やしうどんか素麺か、何か麺類のようなものが見えた。
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