05
そして続くある日の事だった。隠された孫の存在を知りつつも、極力関わり合いにはなりたくなかった。伊沢はロッカールームを出て、ゴミ捨てをして帰ろうと思っていた時。製造の人は朝の出社が早いので帰りも早い、その筈なのに長谷川がまだ帰っていない。
ゴミ捨て場から立ち去りかけた時、長谷川が隣接されたその社長の持ち家の方へと歩いて行く姿が見えた。
「……? 長谷川さん?」
なぜ、そっちへ向かう必要がある。
面倒事には関わり合いになりたくないとは思いつつも伊沢はその後を追いかけた。相手が長谷川だったせいなのもあるかもしれない。
階段を上って行く長谷川の後をそっと追いかけた。足音をたてないように、そろそろと追いかけてみると何か啜り泣くような声が聞こえて来た。思わず姿勢を低くしてしまった。
「――さん、……か」
――何だ?
泣いているのは、多分長谷川だった。
長谷川は部屋の扉の前で座り込み、そして泣き崩れている。扉に手を突きながら、何か泣言をこぼしているようだった。
「どうして……、どうして、開けてくれないんですか」
確かにはっきりと……長谷川はそう言った。
「慎二郎さん、俺は……本気であなたの事が」
思わず叫び出したくなるのを伊沢は慌てて抑え込んだ。
――なんだって?
部屋の扉の向こうには、きっと例の引きこもりの孫がいるのには違いないが……。二人が一体どういう関係なのか、たったそれだけの現場を目撃したくらいでは何が起きているのか分かりもしなかった。
そしてそれに関して尋ねるような真似も、出来なかった。
それ以来、長谷川という男について甚く興味を持つようになってしまった。いや、もっと詳しく言うと長谷川と、その例の引きこもりの孫との関係だとか。極力面倒事には関わり合いたくないが、何だかひどく二人の関係性に惹かれて仕方が無かった。
喫煙を終えて、昼食を取りに休憩所へと向かう。休憩所にいたお喋り好きのおばちゃん集団の隣をさりげなくキープする。
自慢じゃないが、この口うるさいおばちゃん達からは気に入られているので話す事はなんら問題が無い。
「お疲れさまでーす」
「あら伊沢くん。お疲れ」
三人組のおばちゃん集団が振り返る。
「あんたも若いのにこんなババアばかりの場所でよくやるよ。偉いわねえ」
「いやいや。こんな綺麗な姉さんがたに囲まれて」
まァた、と笑いながら背中を叩いてくるのはこの中では一番お喋りなおばちゃんだ。お喋り好きの彼女は当然ながら色んな噂も知っているし、色々と聞きだすのにはもってこいの存在であった。
伊沢は得意の喋りを活かして例の孫についてそれとなく問い掛けてみることにした。
「ああ、慎二郎のこと」
「そうなんですよ、全てが謎に包まれてるっていうか」
「――まあ、ねえ」
そこでおばちゃんは湯呑に注がれていた熱いお茶を一口啜った。
「昔はあんなに可愛かったのにねえ」
しみじみとそう話すのは、三人の中で一番長いおばちゃん(いやもうおばあちゃん、と言っても過言ではない年齢だ)だ。
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