この工場は今も県内のどこかに存在している!!!! | ナノ




04

 あれは、ここに入って多分一ヵ月もたたないうちの出来事だ。

 伊沢がいつものように出社し、自転車を停めていた時の事。

 いきなりけたたましい悲鳴がしたかと思うと、工場に面した隣の家(社長の持ち家の一つだ)の中から急に人間が飛び出して来た。

 悲鳴は、その人間が上げていたものだった。

「やめろやめろやめろ! 携帯はおかしな電波が出るんだぞ、見張っている! 誰かが俺の事を見張って……おかしな電波にやられたせいで俺の頭の中が集団ストーカーにあってるんだ! そこに毎晩車を停めさせるな、そこで俺を見張ってるのは知ってるんだぞばかやろう!」
「――?」

 わけのわからない事を叫ぶその男は――白衣の人間、すなわちここの社員達に取り押さえられていた。

 目を細めながら伊沢がその集団を見つめた。

「離せ〜! 俺の頭の中を覗くんじゃねえ〜〜! お前らみんなぎたぎたにしてやるぞー! バーローこんちきしょうめ」

 暴れるその男は、真っ白な髪の毛をしていてその両手には何故か白い手袋がはめられていた。白髪だったせいで分からなかったのだがこの男は多分まだ若い……ひどくやつれて、老成した感じはあるが。

「おい、薬どうしたんだ? 薬は!」
「知らねえよ、あのクソババアが昼飯に入れ忘れたんだろ!」

 取り囲む集団が、確かそんな風に話していた。

「大いなる力の到来だぞ〜! ハルマゲドンがくるぞ〜! お前らみんな塵になって死んじゃうんだぁあー!」
「もういいから黙らせてくれ! 耳障りだし、何よりも専務の機嫌がまた悪くなるだろう!」

 なにぶんあまりにも異様なその光景に、しばし圧倒されて伊沢は立ちつくしていた。担いでいたメッセンジャーバッグの紐を握り締めながら茫然としていた。

「あ……」

 ようやくそんな伊沢に気がついたらしく、取り囲んでいたうちの一人が声を上げた。

「あ、お、お……疲れです」

 気まずそうにとりあえず挨拶をすると、向こうもいささか気まずそうに頭を下げてこちらを避けるようにしながら家の中に引っ込んで行った。その間、取り押さえられた男は何故かずっと「怖い」を連発していた。

「……。何だ、今の……」

 後から聞いた話によれば、それが社長の孫で長男だと言う事が判明した。この家にずっとこうやって引きこもっていたらしい。

 その光景を目にするまで、伊沢はこの家に孫がいることすら知らなかった。入って二日目くらいの時、社長の娘で、あのアホ専務の奥さん(すごい美人で、細い。若い頃なんかさぞかしモテただろうに、専務には勿体ない)と話す機会があった。

「伊沢くんは実家暮らしなの?」

 確か後片付けをしていた時だ。突然、話しかけられて驚いた。どぎまぎとしつつも伊沢が答える。

「あ、そ、そうです。はい。早く自立しなきゃいけないんですけどねー」

 あはは、と付け加える様に笑うと奥さんは優しく微笑んだ。

「兄弟は?」
「あ……兄が一人と姉が一人。姉はもういい歳なんで結婚して、さっさと実家を出てきました。で、兄の方はこれまた俺とおんなじでずーっとふらふらしてて」
「ふふ、そう。いいんじゃない? 男の人は、そんなに焦らなくてもいいわよ」
「そ、そうですかねー。あ、あの……えっと、奥さんは、子どもとかいらっしゃるんですか?」

 奥さんという呼び方もふさわしいのか分からないがとりあえずそう呼ぶと、奥さんの顔が一瞬だけ硬直したように見えた。

――あ。まずかったかな

 やはり失礼だっただろうか、と思うが奥さんが戸惑ったのはその部分ではなかった。当時の伊沢が気付く筈もないが。

「いないわよ。うちには」
「はぁ……」

 奥さんの顔には元の笑顔が戻っていたが、何だか恐ろしくなってそれ以来奥さんとは微妙な距離を保ちつつ会話するようになった。


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