01
某年某所、とある工業地帯に古くからある『食品』製造会社。場所の詳細はいっさい、不明。
さまざまな工場の建ち並ぶ、朝だと言うのにどこか薄暗い街並みを伊沢は自転車で走っていた。そこいらの工場の機械が立てる騒音は、初めこそやかましく感じていたのにいつの間にか鼓膜が慣れてしまったみたいだった。
伊沢の主な仕事内容は、運ばれてくるものを箱に詰めたり梱包したり、そのための容器を用意したりする、ただそれだけの単純な作業であった。
実に簡単な仕事で、どちらかというと頭を使うのが苦手な自分にとっては非常に気が楽な業務である。
白衣、帽子、マスク、清潔なゴム手袋を着用のもと、入室前のエアシャワーによって埃や粉塵等を払い落とす。入室後の手洗い、消毒も絶対に怠ってはならない。
「おはようございまぁす」
今日も、仕事の始まりだった。既に、一日の作業は始まっていた。自分も急がねばならない、伊沢は消毒を済ませると持ち場へとついた。
「おはよう伊沢。せっかくの休日なのに台無しだな」
話しかけて来るのは職場で唯一の同年代である堀澤だった。ちなみに伊沢は大学を今年卒業する歳だった。大学には一年浪人してほとんど死ぬ思いで入学した。だから今年中には必ず就職を決めたい――これ以上、両親に迷惑はかけられないから。
そして堀澤の方は、専門学校へ入学したものの中退してからはアルバイトを転々としている典型的なフリーターだった。
やりたい事は、いつ聞いても『特に無し』……、ちなみに彼は現在二十二歳で、まだ若い。今からでも十分やりたい事を見つけられる年齢だと思うし、別に焦る必要は無い――とは思うが。
「伊沢、この前のコンパの子とは上手くいってないの?」
「うーん……、一回メシは行ったけど。なーんかそれっきりだったなあ〜」
淡いクリーム色をした番重(ばんじゅう)の中には、工場から運ばれてきた『もの』が入っている――何かのすり身であるという事以外は一体これが何なのか知らない。全体に赤茶色っぽく、手触りとしてはハンバーグをこねている時に近い。
自分達はゴム手袋を着用したその手で、それらを手に取って、ちぎったり、丸めたりしながら並べて行く。
――いったい、何なんだろうな。これ
誰しもが疑問に思うのだが、それを口にはしない。それが面接時に採用条件の一つとして差し出されたルールなのもあったし、ほぼここの責任者のような存在である専務が実に鬱陶しい存在なのもあった。
「見ろよ。あの専務、また目を光らせてるぜ」
堀澤にこっそり耳打ちされて、ちらっと背後を見ると薄汚い白衣とエプロンを着た専務(噂によるともう五年は洗っていないんだとか……なるほど、確かに近づくと悪臭がするな。あれ。それにもはや白衣とは呼べない色をしている)が腕を組んでバイトの女の子をじっと監視してる。
はっきり言ってこの専務は最低・最悪なおっさんだ。女の子には平気でぎりぎりのセクハラを働くし、男相手にはパワハラ三昧だ。給料のピンハネ、タイムカードの捏造は勿論、休日手当や残業手当を平気でごまかしたりもする。何も言わずにボーナスを丸ごとカットする事くらいは珍しくも何ともなかった。
社長ではなく何故この専務が権力を持っているのかと言うと、社長はとうの昔に亡くなっており、その奥さんが社長の肩書を受け継いでいる。
ちなみに奥さん、もとい社長は足腰の悪いもう米寿を過ぎたおばあさんだ。
この会社の二階で暮らしていて、足が痛いからと言ってほとんど部屋から出て来ない。社長の座を継ぐはずだった孫も、どういうワケなのかその跡を継いでいない――まあ、これに関しての話はひとまず置いておき。
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