「ないな。」
首にも腕にも腹にも足にも背中にも、どこにもその痕は残されていなかった。ランピーと行為した朝。ラッセルは必ず体の隅々まで見るのだがただの一度も痕というものを残されたことはない。別にそのことに対して特別嫌だ。と思う事もなければ特別嬉しい。と思うこともない。ただ、誰かにその痕の事を指摘されるのが嫌なだけで毎回探すのだが。
「毎回ないよなー。」
そんなことを一人呟きながら朝のコーヒーを淹れた。
その日の夜もランピーはラッセルの家を訪ねた。
「前々から見ようって言ってたやつ。手に入ったから見よう。」
そう言ってディスクと酒やらなんやらが入った袋を渡される。あー、プレイヤー繋いでないわ。と告げると
「じゃ、俺んち来る?」
と言われ、めんどくさい気もしたが、そうする。と言って、袋とディスクを返した。部屋に戻り上着どうしようと考えて、
「ランピー、外寒い?」
と聞くと
「ぜんぜーん。」
と帰ってくる。まぁ、正直鈍感なランピーの体温何て信用しようがないんだけど。内心意味のねぇ、会話だな。おい。とか自分で少し笑ってなんか安心した。
案の定ランピーの家は汚く、と言うか物が相変わらず多い。適当に座って。と言われても、座る場所がない。仕方なく、唯一座れるランピーの膝の上に乗る。
「誘ってんの?」
「盛んな。」
何て言えば少し長いCMが終わって、本編が始まりだした。CGすごいな。とか、この女優誰?とか適当に感想述べたりなんだりしながら映画を鑑賞してると、不意に腰に手が回る。
「まだ映画終わってないけど。」
と、後ろを振り返って言うと
「終わったらいいの?」
と耳元で聞かれる。まぁ、薄々やるんだろうなーとは思ってたけどなー。何て頭の中で冷静に考えていると軽く首筋にキスされる。触れるだけの優しいキス。
「良いのか、悪いのかわかんないんだけど。」
わざとリップ音がするキスをされなんとなくそんな気にもなったかなー。とも思いながらそれでも、映画が思った以上に面白くここで止めたくもない。
「じゃ、痕残してくれたらいいよ。」
何て申し出てみれば目を丸くされる。そんな顔のランピーはあまり見ないから新鮮だった。
「え。」
「え、じゃなくて痕。そのまま強く吸ったら残るだろ?」
正直やり方を知らない訳でもないだろうが、説明してやる。薄々自分の中で意地悪な事をしていると思った。
「あの、うーんと。」
しどろもどろになるランピーが、面白くて、でもかわいそうで。はぁ、とため息をつくと呆れられたかと思ったのかランピーが小さくごめん。と言った。映画は丁度自分の親と戦う主人公のシーンで、これからってところで止める。
「ベットは綺麗だろうな?」
そう聞くと、ぱぁっと顔を輝かせてうん。と言ってひょいと持ち上げられた。別に歩けるんだけどな、とも思いながら昨日自分が残したランピーの首のそれをひっかいた。行為中、ランピーはラッセルの体にキスをするものの痕は絶対残さずただただ口づけてラッセルの反応を楽しんでいた。しっかりとしない頭の中、ラッセルが目の前の首に舌を這わせると嬉しそうに熱い息を吐き
「痕、残してよ。」
何て自分では残さない人に言われる。なんだか無性に腹が立って、悲しくて。自分だけみたいな気持ちを隠すように歯を立てる。うっすら血が滲みぺろっと舐めると、おいしい。だなんて嘘の言葉を吐く。かすれるただ一つの音を吐きながら、自分ばっかり溺れてんだなぁ。と思いながら果てた。
「ピアス?」
「そ。」
そう言ってランピーの手に握られているのはピアッサーだ。正直ランピーに持たれるとすごく怖い。
「片方の耳まだ空いてないよね?」
「でも、こっちの耳は髪で隠れるからみえねぇーぞ。」
もらい物なら見える耳の方がいいだろうし、正直今つけているのはもらい物じゃないから別に変えてもいんだけど。と告げると、その耳のはそのままがいいから。と言われる。なら、見えるこっちの耳にもう一個穴開けるか?と聞くとそうじゃなくてと言われる。全然意味が分からなくて、何なんだよ。と言うと、
「そっちの耳を俺に頂戴。」
と言われた。
「じゃ、こまめに消毒してね。」
と言われる。前もやったなー、何て考えていると手にピアッサーを持たされる。え?とマヌケな声を出すと、突然目の前に座られて俺にも開けてよ。と言われた。
「以外と痛くないもんだね。」
そう言って俺と同じ方の耳を触りながら言う。やっぱり鈍感だなー。とか思いながらピアッサーを片付けていると、そうそう。と言って箱を手渡される。
「ファーストピアスが取れたら使ってよ。てかつけさせてよ。」
「一体何なんだよ。」
一番言いたかったことを口にすると、えーとさー。と言われて下を向かれた。しばらくの無言に耐え切れずとりあえず箱を開けるとRをもじった様なピアスが一つ入っていた。
「あのさ……。」
「痕、つけてあげれないから。せめてさ、ピアスだけでもって……。」
もう一回箱に目を落とす。きっとオーダーメイドなんだろうな。って思いながら昨日の会話を思い出す。俺ばかりが気にしてたんじゃないんだ。前から気にして作ってくれてたんだ。何て、全部全部本当かは分からないけれど。すっげぇ嬉しいのは本当だな。何て。
「女々しいかな。」
「お前のはLか?」
「ん。」
「じゃあさ。」
そう言ってお互いの箱を交換する。ん?とわけが分からない顔をするランピー。
「もっと女々しいこと言ってもいいか?」
「へ?」
「お前のLつけさせてよ。」
お前の片耳は俺ので。俺の片耳はお前の。人には見えない痕だけど、お前にだけ見えればいい。小さな小さな所有者の名前はしっかりと束縛してくる。
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