座席C-12 | ナノ
『座席C-12』
切符を買った。
行きの分だけのその切符は、一人で心細ないんだろうか。きっとコイツはどんな形だろうと帰りの切符と一緒だから。
一人なのに二人な僕は、そんな曖昧な気持ちで売店で珈琲を買った。砂糖とミルクをもう少し貰いたかったけど、一人の僕は何故かその行為が恥ずかしくて、人差し指だけを立てた。こういう時、人差し指だけは立てたって恥ずかしくないのに中指は恥ずかしくて立てられない。小指には一生縁のない事だ。
僕は一つずつミルクと砂糖を貰ってそれを珈琲の中に落として混ぜた。
手馴れていたのは僕の手だった。きっと彼の手でも手馴れたように見えるのだろう。
心とかそういうのがまだ形成されてないもう一人の僕は、人生という平均台の上で不器用に立っている。
細い台の上で、平然と立っている。そんな彼の足は震えなんて知らなくて、真っ直ぐ歩くというのに周りの人を落とさずにいられないんだ。誰よりも怖がりだから不器用に落としてしまう。
ベルが鳴った。電車に乗り込んで数時間行けば僕は町に辿り着く。
そこは僕が生きていくには問題なくて、彼が生きていくには苦しい場所かもしれない。
でもきっと天国よりはマシな場所だろう。
珈琲を一口飲んで、窓側の席から見える変わりゆく景色を目に映して一人で綺麗だなって思うんだ。
「綺麗だね」
目に映したものは共有される。彼は僕だから。こんなにも青い空を映した彼の瞳を想像して僕はそう言葉を漏らした。
紙コップを潰して、パンフレットをバックに押し込んで世界を吸い込んだ。
珈琲の香りと君の好きな香水の香り。
新しく生まれた僕のこと、僕は好きだ。彼がどう思っているかは分からないけれど、はやい内にこの心を彼に伝えたい。伝わらなくても形にするよ、なんて僕は僕に約束する。その僕は彼じゃなくて僕だった。
「ハッピーツリータウン……」
微睡む世界でこれから住む町の名前を呼んでみた。
僕らが住む町の名前はちょっと長かった。
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