不必要だと君が止める | ナノ
『不必要だと君が止める』

「あれ、止まってる……」
何気なく時計を見たのはこれで二度目。先程と全く時間が変わっておらず、つまり止まっているという事だ。
椅子を持ってきて壁にかかっている時計を外した。
時計が止まっている、けれども時間は止まっていない。時間は確かに刻み続けているというのに、時計を見た時、二回目のとき、まるで一人何もないところに取り残された気さえした。そんなわけはないのだが。時間を元に戻そうと思ったが
「あ、今何時かわからないや」
この家に他に時計があったか考えていると彼がこちらに気づいた。
「そんなに時間がわかる必要があるのか」
もう一人の僕が言う。それにうん、と頷きながら、僕は必要な理由を探す。
「クッキーの焼き上がり時間とか……紅茶の蒸らし時間とか?」
「何も今何時かわかる必要なんてないだろ。その時から又時を数えればいいだろう」
彼が僕の手から時計を受け取った。
一回裏側を見て、舌打ちをして、床に叩きつけた。
「あ、壊れちゃった」
歯車がソファの方にまで転がって、木の破片が当たりに散らばった。椅子に乗るために靴を脱いだ僕がこのまま床を歩くのは痛そうだ。だから靴を履こうと思う。けれど彼が僕の靴を掴んだ。
「僕の靴をどうするつもり?」
「ふん」
彼はカツカツ暖炉の前まで歩いていって
「必要ないだろ」
そのまま火の中にくべてしまった。陸の孤島、いやいや、家の中の孤島?そもそも島ではない。けれども僕は椅子の上から降りれなくなってしまった。
「どうするんだい?君がこの部屋を掃除するっていうの?それとも新しい靴を持ってきてくれるとか、そうでもしないと僕はこの椅子から降りられないよ」
「そうか、満足だ」
目を光らせ、喉を震わせて彼が言った。
「紅茶が飲みたくなったらどうするの?」
「どうしような」
「クッキーが食べたくなったら?」
「困ったな」
必要ないと壊された時計に、同じく必要ないと燃やされた靴。僕が足を怪我するのさえ気にしなかったら、この床を歩きそして火の中にある靴を取り出せるのに。
「取りに行かないのか」
「必要無いんでしょう?必要があったら僕はこの椅子から降りないといけないからね」
「いい返答だ」
「君好みかい?」
「まさしく」
彼は嬉しそうにもう一つの椅子を引っ張ってきた。ああ、床が傷ついてしまった。もう。
「君と、ゆっくり話すのは必要がある事なんだね」
目の前で同じように靴を脱ぎ、そして遠くに放った彼に問えば彼は大きく頷いた。
「ああそうだ。構え」
「はいはい、いいよ。たまには素直な君が必要だ」
「俺にはいつもお前が必要だ」
「本当に素直だ」
「お前好みだろう」
「まさしく」
満足そうに笑う彼にキスしたいと衝動的に思った。それにしては椅子の距離が離れすぎてる。
「仕方ない」
僕は椅子から降りた。あ、痛。やっぱり破片が飛んでいる。ガラスの部分が飛び散ってしまったらそれは真反対に住んでる人ぐらい見えないというのに。
痛い痛いと思いつつも僕は彼の椅子に自分の椅子を近づけた。床が傷ついたみたいだけど仕方ない。これは必要のある事だから。
「近くなったな」
「キスできるぐらいね」
もう一度椅子に座る。彼の肩に手を置いて、そのまま抱き寄せた。近くで期待してる目に返事をして、好きだなって思いながらキスしたんだ。

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