カメラ目線は許可しない | ナノ
『カメラ目線は許可しない』 ランラセ
『恋人はそんなにデレデレしない子がいい』なんて飲みの席で言ったのは何年前の話だったか。寒い時期に言ったのは覚えているのだが、それが何年前かなんて事は覚えてはいなかった。少なくとも恋人が出来る前の話なのは確かな話。何故なら恋人が出来た今、ランピーはデレデレして欲しいと心から思っているからだった。
海の男とは常々カッコイイものである。ラッセルを見る度にそれをランピーは痛感した。
彼にかかれば潮風によってなびく長い髪は、彼の顔に影を作りその整った顔を更に引き立てる。長い睫毛は反り返ることで彼の目の切れ長を強調した。白い歯は獰猛さを醸し出し、瞳は彼の勇ましさを映し出した色をしていた。右手につけられたフックはロボット物の武器にさえ感じられた。
恋人がカッコよくて仕方ない。そんな惚れ気で今日も溜息をつくのだからランピーも仕方ないのだろう。
そんなカッコイイ恋人はデレデレなんてしてくれない。性格を取り除く前に彼が男である事が問題だとランピーは知っていたが、性別なんて性格よりもどうしよもないものだ。
ソファに深く沈んだランピーは先程とは違う溜息を吐く。根本的なところは一緒と言われても仕方ない溜息だ。
それを聞いて怪訝そうな顔をしたのはランピーの恋人であり、さっきからランピーの溜息の原因であるラッセルだった。
「悩みか?」
雑誌から目を離してラッセルがそう言った。やだ、俺構ってちゃんみたいだー。そう思いながらそうならないように努めて明るく「ううん」と返す。
悩みというより煩悩と言うべきか。迂闊に溜息も出せなくなってしまった今ではその煩悩は忘れた方が身のためだろうか。
にっこにこしている自分を見てラッセルはまだ読み終わって無いであろう映画雑誌を閉じた。そのまま珈琲でも淹れるのかと思っていたのに彼の行動は違った。
「どーした」
こちらのソファには来ないものの、彼が元から座っていたソファの端に寄り俺に近づいた。ソファの手を掛けるところに肘をつきこちらの顔色を伺うような顔をした。
あー、くそかわ。そんな事を思いながらも口には出さない。ラッセルの前側に垂れた長い髪を一束掴みキスしてヘラりと笑った。
「なんにも」
「ほーか」
キレると思っていた彼はそんなこともなく変わらぬ顔で俺を見ていた。
彼と付き合って分かったことがある。外でイチャつくと怒る。でも誰も見ていない家とかなら彼はそれを拒みはしない。それに対して彼は照れではなく配慮だと言っていた。
愛しい彼の髪にキスも出来たし満足満足。俺はその海色の一束から手を離した。それでもラッセルは変わらず俺の顔を見る。
「なーに」
それに返事をせずにラッセルが左手で彼の義手、フックを取った。
取った拍子に緩められた包帯を結びなおそうとするのでそれを黙って手伝った。痛々しい傷跡がチラリと見えたがそれについて何も言わないのは俺だけの暗黙の了解だった。
「なぁ、ランピー」
突然黙っていた彼は又突然話し始めた。包帯に集中していたせいで彼の視線が俺を射止めていることに気づかなかった。
「うん?」
「お前ってカッコイイよな」
サラリと言われる一言。突然の事でろくに反応できやしない。
「俺はさぁ、恋人ってのは周りに配慮すりゃイチャついてもいいと考えてんだ」
「う、ん。知ってるけど」
「で、話題は戻るけど俺はお前の事カッコイイと思ってんだ」
「あ、ありがとう」
「まぁ聞けよ。お前の体格は随分いい。男の俺から見ても惚れ惚れする程だ。俺はお前の耳も好きだ。形が良くて利口な形をしている。目を引くんだ。噛んじまいたくなる、声を流し込みたくなる。そんな耳なんだよ」
「ちょ!ちょっと待って!い、色々追いつけないんですけど!」
「わかりやすくいえばイチャつきてぇんだよ」
結び終えられた右手はトンと俺の肩に置かれた。自由な左手は俺の顎に添えられ彼の顔は手に導かれて近づいてきた。
「でもさ、ランピーはデレデレする恋人がきらいなんだろ?」
「……は?ちょっと待って何処で聞いたんだよ」
「んー、ハンディがな」
「……そんなの恋人作る前の戯言にすぎないって」
「ほー、今では違うと?」
「うん」
「つまりは俺みたいな胸もなくて可愛いくもねぇ男がお前にイチャついてもいいと」
「寧ろカモンだね」
そこまで聞いてラッセルは顔をそれは嬉しそうに歪ませた。待ってました。そんなふうに見えた。
その後ラッセルは俺の腰に前から足を回して、俺に体重をかけた。手は首に回されていわゆる対面座位ってやつ?
「はー、カッコイイなお前は」
「良くもまぁ俺の顔が好きですね」
「好きだろーがよぉ、恋人の顔だぜ」
「成程、そりゃ好きだ」
丁度良い位置に合ったから。そんな理由でラッセルの唇を挟み、ゆっくり離した。
「ひー!イチャついてんなぁ」
それをケラケラ笑いながら受け入れたラッセルがむず痒そうに言った。そうだねぇ、と返しながら首筋にも同じ様にすれば、くすぐったいと言われ逃げられる。笑が隠しきれてないラッセルの口から軽くキスをされれば彼はそれに耐えきれず俺の肩にその整った顔をぐりぐりと押し付けた。髪がくすぐったいなんて贅沢な事を考えていた。
「ラッセルー、キスしたいよ」
「あー、嬉しい恥ずかしで死にそう」
「嬉死?」
「恥ずか死」
「好きあり」
そう言って上げられた彼の唇にキスすれば今度こそ彼はそれを逃げる事なく受け止めた。
やわっこい彼の唇を舌でつつけばぬめりとした彼の舌と自分の舌が交差する。
「ここまで」
突然唇を離したラッセルが誰も居ない方向に向かってニッと笑うのでその頬を掴んでコチラにむかした。
『カメラ目線は許可しない』2017/02/12
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