失くして | ナノ
『失くして』
嘘みたいなこと。よくある嘘みたいなこと。例えば恋人の記憶が無くなってしまうとか。それもまるまる、自分の事全て。
その事をスニフから聞いたラッセルは取り敢えずランピーを自分の家まで届けて、ランピーに確認をとった。
家に着いたランピーは見慣れない、いや落ち着かないという風にそわそわしていた。
「俺の事どう思う?」
そう聞くとランピーは少し驚きながら答えた。
「君やっぱり男なんだ!美人だから女かと思ったよ。」
第一声がそれかよ。とラッセルは呆れながらも言った。
「知ってるか?俺とお前な、付き合ってんだぜ?」
何言ってんの?と言う顔でこちらを見てくるランピーに構わず続けた。
「わかんねぇか?俺とお前は恋人同士なの。キスだってデートだってセックスだってした。」
「……俺と君さ、男同士じゃんか。」
「で?」
「でって……。」
落ち着かないソファの上でランピーは顔を曇らせた。常識が通じない相手という風に見られてるんだろうなー。と思いながらもラッセルはランピーから目を離さない。離した方が負けなのだ。どこかの本で書いてあった。何について書かれた本かなんて覚えてはいないが。
「言いたい事はそれだけか。」
「……まさか俺ってホモなの?」
「さぁな、正しくはバイだろ。」
「……なんていうかさ、衝撃的過ぎてついていけないや。」
「ほんとな。」
それについては同意する。
目の前の男は自分とお前は恋人というし、記憶喪失だし。そして俺だって恋人が記憶なくしてるしな。
喉から這い出た。という感じにランピーは言った。
「俺……君と付き合える気しないや。」
「そうか、でも俺お前と別れる気ねぇぞ。」
サラッとそう言えばランピーが自分に向ける目は嫌悪に変わった。
「気持ち悪いか。」
「まさかだけど俺から君に告白したの?」
「そのまさかだ。」
その返答にランピーは更に顔を歪めた。恋人が自分にこんな顔を向けるのは初めてかもしれない。ラッセルはそんな事を呑気に考えていた。
「でも、ごめん。今のところ俺本当に君と付き合える気がしない。」
「そうか、でも別れる気は無い。」
「そもそも付き合って無いって!!!」
珍しく、ランピーは大きな声を出した。自分に向けられる目は確かに好意ではない。その事にラッセルは気づいていた。
「君なんなの?!さっきから気持ち悪いよ!そもそも男同士でキスとかセックスとか……有り得ないんだけど!」
「そうだな。」
「俺は記憶を無くしてるみたいなんだよね!自覚無いけど!戻らなかったら俺はこのまま新しい人生を歩むしかないわけ?わかる?!それに過去の事持ち出してきて……俺頭痛いんだけど!」
「そうだな。」
嗚呼、コイツこんなに大きな声出せたんだ。何て驚きながらランピーの言葉を聞いていた。胸にある黒い物を必死に抑えながら。
ラッセルは決して落ち着きながら話しを聞いてるのではない。先程から胸の中のそれを隠しながら話をしていた。それは思ったよりも自分が彼の事を好きだという事実。別れたらそこまで、なんて考えていた自分がこんなにもランピーを好きだとは。
先程までの別れないの一点張りには自分も驚いているのだ。
「ほんと……意味わかんない……。俺君なんかより柔らかい女の子が好きだし。」
「おう。」
「それに、記憶なくしたのだって……俺前から君の事気持ち悪がってたのかもね。」
「あぁ?」
カチンッときた。一言で言えばそうなのだろう。ラッセルの心情はもっと複雑だ。ドロドロとした気持ち。それが何かを破り溢れ出す。それはランピーを好きという気持ちより、そうそれは。
ただの苛立ちだ。
喧嘩の時のそれと全く変わらない気持ち。
「気持ち悪い?前から?お前が?俺を?」
「そう言ったんだよ!気持ち悪いよ!!じゃないと君の事きっれいに記憶からなくす理由他になくない?!」
「てっめぇ……気持ち悪ぃなら何でもっと先に言わねんだよ!!!」
「……は?」
「記憶を無くす前に言えってんだよ!この馬鹿!」
「え……は?」
「だーかーら!!気持ち悪いなら記憶をなくす前に直々に言えって言ってんだよ!記憶なくしてから言うなんて狡い事このうえないんだよ!」
「……何言ってんの君。」
「隠し事は嫌いなんだよ!」
お前も知ってんだろ?なんて、わかりっこない事をラッセルは言ってじゃあな。って家を出て行った。
それについていけないのはランピーで。
「意味わかんない……アイツ。」
出て行った扉を見ることしか出来ず、ランピーは溜息を吐いた。
実は少しばかりランピーはラッセルに期待していた。医者という名の自分より若い彼は、確かに「これから貴方と1番仲が良い人が迎えに来てくれます。」と言ったのに。
来た人はどうだろう?
医者から説明を受けてもこちらを心配する仕草もなく、表情も対して変わらず。飄々したままで。
「俺って心配されたかったの?」
口に出してみた言葉は思ったよりも確信をついているかもしれない。
そうだ、記憶を無くした自分は取り敢えず不安だった。自分という意識はあるものの、この身体は本当に自分のものなのか不安で仕方ないのだ。確かめる術を自分は持ってない。持ち合わせていない。1番仲の良いと言われた彼。彼ならその術を持っているのかもしれないと期待をしたというのに。
なのに、彼の口から出たのはまさかの恋人発言。
「何なんだよ!アイツ!!」
思わず頭を掻き毟る。すると耳で何かが引っかかった感触。
「ひえっ!」
千切れそうだった……そんな不安を抱えながらももう1度耳へと手をやる。
そこにあったのはピアスだった。
「なんでこっちだけ?」
片耳には無いそのアクセサリー。辺りを見渡し洗面台に行く。
恐る恐るで髪を耳にかける。
そこにあったのはRを象ったピアス。
「へー、お洒落さんだなぁ。そっか、俺の名前ランピーだもんねー。」
なんて他人の様に自分の事を言いながら、ついで。と言った感じで自分の顔を見る。
「なんていうか……間抜けな顔してる。」
まるで自分じゃないみたい。だなんて、変な事を思いながら、いや、或いは当然の事を思いながら洗面台を後にした。
又同じソファに座る。
色々あり過ぎて何だかよく分からない。
自分の事も、周りのことも。……あの恋人とか言い張る人のことも。
「わっかんなーい!」
声に出せば出すほどその思いは強くなっていく。
本当にわからないのだ。苦しくて苦しくて吐き出してしまえば楽なこの思い。ただ、何処に出せば良いのかがわからないだけで。
「疲れちゃった。」
現実から隔離するように瞼を閉じれば、意識がそれに従い気づけば寝ていた。
いい匂い。
そう思って目を開ける。なんて本能に従順何だろうか。
「起きたか。」
声の主はあの変な気持ち悪い人。よく見れば彼は義手に義足。そんな体で器用に料理を運んでいた。
「え?何でいるの?」
率直な疑問を口に出せば玄関を指さされる。
「外に出て確かめて見ろ。ここは俺の家だ。」
「え?まさか同棲でもしてたの?」
「いんや、お前の家は汚いからこっちに連れてきただけ。」
ま、頻繁に遊びには来てたけどな。なんて言いながら又キッチンへと消えてゆく変な人。
つまりは、俺の方が邪魔者だったわけだ。
ゆっくりとソファから起き玄関に向かう。
「お前どこ行くんだよ。」
「え?帰るんだよ。自分の家に。」
「なんで?」
「いや!何でって……当たり前じゃん……。」
その言葉に彼は首を捻る。少し考えてから又彼は口を開いた。
「腹減ってねぇの?」
「何でそうなるの?」
「だって、飯時に帰るから。」
それしかないだろ?って感じで首を捻る彼にこちらが首を捻りたくなる。
「俺と君喧嘩したよね。」
「したな。」
「君は喧嘩した人とご飯食べるの?」
嫌味を盛大に含めてそう言うと、彼は「そうだ。」と首を縦に振った。
「は?」
「喧嘩したから一緒にご飯食わねぇって?逆だろ。喧嘩したから飯食うんだよ。」
ほら、座れ。って彼は言う。本当に変な人。でも、欲求には逆らえず俺は大人しく戻った。
「食材に感謝!」
「……。」
「何?」
「君料理出来るんだね……。」
余りにも自然に舌に馴染んだその味に素直に驚く。美味しい。
っていうか食べ慣れてる?って言った方が正しいのかもしれない。
「そうだぜ?ご飯位作れる。」
「……何か。」
「ん?」
「食べ慣れた……味な気がする。」
そう言って前を見ると彼はピラフに入った海老を食べながら言った。
「気のせいだろうよ。」
初めて彼が寂しそうに見えた。
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