エイプリル


「エイプリルくすぐったいよ…」
「もう少しで終わるから、あとちょっと我慢だよ〜」

まだ?と急かすドクターをよそにチークをのせたメイクブラシを手の上で軽くはたいて粉の量を調節する。
他人をメイクアップしてあげるのは好きだ。その人に似合う色やメイクを考えるのは楽しいし、終わったあと鏡を見て驚いたり、嬉しそうにする顔を見るのが好きだから。

ありがとう、って言われるのも勿論ね

ドクターにするのはもっと好き。いつも忙しいドクターがあたしに時間をくれてるのは嬉しいし、メイクしている間はあたしだけがドクターの顔を堪能できるしまるでドクターをあたし色に染め上げていくみたいで独占している気分になる

……なんてね


「はい、おしまい!完成したから目を開けていいよ〜」
「はぁ…なんか見られてるの緊張したな……おぉ」

ため息をつきながら目を開けたドクターが顔の自分と目を合わせて息を飲む。そうだよ、この顔!この顔が好きなの。好き、だけど

「フフーンベースメイクと簡単なことしかしてないけど結構変わったでしょ?」
「ああ…すごいな、こんなに変わるんだ」
「どう?テンション上がった?」
「うん。メイクってすごいね、ありがとうエイプリル」
「えへへっどういたしまして〜!」

書類を読んでは処理、また次の書類に手を伸ばす。つかれた顔で右から左へと書類を流す機械のように仕事をするドクターを見かねて休憩をいれようと声をかけたのは十数分前。見ているこっちが哀れになるような疲れ顔が嫌で半ば強引にメイクをはじめたわけだけど、うん。数分でやったにしては中々上出来じゃない?

自賛はしていたけど、ベースメイクで整えたおかげだけじゃない、さっきよりも元気な目をしたドクターにありがとうと言われるとやっぱり嬉しい。

「ね、ただ仕事するだけにしても隈つくった顔でやるより明るい顔の方が自分で自分を好きだって思えてテンションもやる気も上がるでしょ?」
「うん。最初にメイクしたいって言われた時は誰にも見せないしって思ったけどね…今はむしろせっかく綺麗にしてもらったのに誰にも見せられないのは勿体ないって思うよ」

勿体無いくらい素敵だ、そうドクターは褒めてくれているのにドクターが笑う顔に一瞬胸がチクリと痛む。

「…もう、ドクターってばあたしが知ってるでしょ」
「ふふ、それもそうだね…
…ねえエイプリル、もしよかったらなんだけど今度アーミヤにもメイク教えてあげてくれないかな?」
「アーミヤさんに?」


良いけど、どうして? と聞き返すとドクターは眉尻を下げながら話続ける

「あの子には色々背負わせ過ぎてしまっていると思うんだ、けれどアーミヤだって年頃の女の子だし

私の我が儘かも知れないけどロドスの事で身を粉にしてしまうんじゃなくもっといろんな事に触れてほしいんだよね。」

“きっとこんな世界じゃなければあの娘だってメイクに興味を持つ年頃でしょ?”と話すドクターはどこか悲しそうで、アーミヤさんを想う表情はまるで子を想う親のように見えた。

(どんなに明るい顔になっても、ドクターの中から鉱石病が消えることはないんだね…)

そんなドクターを見ているとあたしといるときくらいそんな事は忘れられるくらいドクターを楽しませれたら、幸せにできたら良いのに。途方もない怒りを向ける矛先もない悲しい感情がふつふつと込み上げてきた

「いいよ。でも、今でも可愛いアーミヤさんがもっとかわいくなってらドクタードキドキしちゃって大変なんじゃない?」
「ハハッ確かにそうかもね、心の準備しとかなきゃね」
「…で?ドクターはこれからどうするの」
「?これからって仕事だけど」
「はぁ……その顔、見せたい相手がいるんでしょ?それを我慢して仕事するわけ?」
「!な、なんのことやら……」

嘘が下手だねドクター、目が泳いでるよ。そんなので指揮官なんて勤まるの?と言いたいところだけど他愛もない日常の中でオペレーターの前でそういう顔をするのは気を許しているから、そういう人間らしいところが垣間見えるのもあたしは嫌いじゃないよ

「行ってきなよ、残りの仕事はあたしでもできるし
そもそもドクターに元気になってほしくてメイクしたんだよ?その気持ちを我慢して仕事して、ドクターは元気になれる?違うよね」
「……エイプリル、ありがとう行ってくるよ」


パタパタと執務室から出て行ったドクターを「行ってらっしゃい」と見送る。ドクターの姿が見えなくなると足の力が抜け、口からは自然にため息が溢れた

「はぁ…何やってるんだろう」

背中押すようなことしちゃってさ、でもしょうがないよねあんなドクターの姿ずっと見てたらきっと不満なのが顔に出ちゃうもん
こんな感情ドクターは知らなくっていいの、見せたくないの

鏡を見たときの顔、自分の顔に驚いただけ…じゃなかったよね。
"誰にも見せられないのは勿体ないな"なんて言いながら、見て欲しかった誰かは不特定の誰かじゃなくて決まった誰かだったんでしょ?
ねえドクター、あたしはメイク中ドクターのことを見て、ドクターのことだけを考えてたよ。

…ドクターは目を瞑って目蓋の裏に誰の顔を思い浮かべてたのかな






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