恋心に爪を立てた君


「−以上が今回の検査結果です。症状も数値も落ち着いてますし特に注意することはありませんね…ブローカさんはご自分で気になる箇所はありましたか?」
「大丈夫だ」
「そうですか。ふふ、前線でお仕事されてますけど何も無くて本当に良かったです!」

結果の報国が終わるとなまえはぱぁっと嬉しそうな笑顔を見せた。
患者の健康は医者にとって何より嬉しい。大事な人の健康状態ともなれば尚更嬉しいのだが、生憎普段のなまえの性格からかブローカには後者の意味はほとんど伝わっていないらしく「アンタはいつもへらへらしてるな」と笑われてしまった。少し呆れられているような、馬鹿にされているような風にも聞こえるがなまえにはそんなことはどうだって良かった。ブローカが少しでも気を緩めて自分と接してくれているのが分かる、それが何より嬉しかった

眉間のシワがなくなった彼の顔を見ているとふと、先日の医療部での同僚との雑談を思い出した。

(…綺麗な顔してる、のかな)

少し長い前髪の影になって全てを真っ直ぐには見ることができないが切れ長の目にスっと通った鼻筋…これまで意識して見たことは無かったが確かに顔が良い。それに逞しい体格もパッと見怖いといえば怖いが男性的な魅力があるともとれるし頼れる人、という印象を与えるのかもしれない。

「…俺の顔に何かついてるか」
「えっ、あ、いえ……」

流石にまじまじと見すぎてしまって本人に気づかれてしまいなまえは言葉をつまらせた。こうやって真っ直ぐ見つめられると余計に顔の良さを意識してしまうし目が綺麗だな、なんて琥珀色の瞳に思わず息が漏れる。
たじろぐなまえの様子にブローカは怪訝な顔をする。…が、なまえの脳内はもう顔の良さのことでいっぱいいっぱいになっていた。眉間にシワが寄ったところで 怖い よりも"シワが寄ってても綺麗だ"なんて呑気な感想が一瞬頭をよぎったが彼とコツコツ築いてきた信頼を崩す訳にはいかないと、なまえは少し言いにくさはあるが素直に白状する意志を固めた。

「ブローカさんの顔が整ってるねってこないだ医療部…の1部ですけど、話題にあがったものでつい」
「は?」
「(うーん急に言われてもそういう反応になりますよね…)
ごめんなさい突然!不愉快でしたよね…」
「別に顔を見られるくらいそこまで気にしない」

更に深くなった眉間のシワと声量に怒らせてしまったとなまえがシュンとするとブローカは一瞬焦った目を見せたあと1泊置いて表情を緩めて「そんな顔するな」となまえを宥めるような口調でなまえの言葉を否定してくれた。その言葉にホッとしたなまえは"やっぱりこういうところが優しいな"と微笑んだ。

「へへ」
「…」

しまりの無い顔で笑うなまえに何か言いたげな顔を見せはしたものの溜め息まじりに笑うだけでブローカは何も言わなかった。そんな様子にさえ愛おしさを感じてしまうから、やっぱり認めざるを得ないなと自分の気持ちと向き合おうと腹を括った。

「ふふ…折角綺麗な顔だって評判ですしもっと笑いません?その方がきっといい印象になりますよ」
「…アンタはそう思うのか?」
「えっ?」
「アンタは俺が笑ってる方がいいのか」
「私…ですか、」

思ってもみなかった返しに思わず聞き返すと今度は具体的な問いかけになって返ってきた。
無理だと鼻で笑う様子でも、呆れている様子でもない真っ直ぐな目になまえは少し返答に困ってしまった。
そりゃあなまえだって笑っている顔は好きだし、好きな人には笑っていて欲しい…だけど先日のガールズトークを思い出して少しネガティブになってしまう気持ちもあるのだが…本人を相手に簡単に「好きです!」「ヤキモチをやきます!」なんて堂々と言うことが出来るはずもなく

「私は、ブローカさんの笑顔は素敵だと思いますし笑ってる方が好きです…けど」
「けど?」
「あ、あんまりブローカさんがその、モテてしまう…と言うか人気になってしまうと近よりにくくなっちゃいそうで…それは、その、とても困ります。遠くなってしまったら嫌ですから」

恥ずかしいけれど精一杯、ぎこちなくて拙く言葉を選びながら繋げる。
自分の好意に気づかれてしまったかもしれない、本当は少しくらい感じ取ってほしい…でもやっぱり恥ずかしいし、なにより今の関係から気まずくなったりしたら…?自分の言葉への後悔と羞恥心、それとブローカからの反応への期待と不安。沈黙の間に色んな感情が押し寄せてきて一刻も早く何か言って欲しいと願いながらなまえはあつくなってしまった顔をあげることが出来ず俯いたままただ彼の口が開くのを待った。

しかし、そんななまえの気持ち虚しく開口一番に出てきたのは大きなため息だった。
意外な反応、しかも良いとは言えない反応に思わずなまえが顔をあげるとなんとも言えない表情のブローカは「それ、アンタが言うのか」と何かを言いたげな目でなまえを見つめた

「ど、どういう意味ですか…?」
「いい、こっちの話だ」

アンタが言うのか、言葉のニュアンス的には"お前が言うな"という意味を含んでいるであろうことはなまえにもわかるがそんな事を言われる理由が自分にあるとは思えなかった。どの部分に対しての アンタが言うのか なのだろう…?自分がモテていたという覚えもなければ近寄り難い人である可能性は薄いと思う…となれば遠くなってしまったら嫌だというところ?ヤキモチをやいてくれてたり…なんて、なまえの中で淡い期待感が芽生えた。

「わ、私は遠くなったりしませんから!大丈夫です!
えーっと…もしどれだけ遠くなっても今みたいにブローカさんを見つけたら駆けつけます!こっちから行きます!」
「は?」
「えっ違いました…?"アンタが言うのか"って、てっきり遠くなったら嫌のところかな、って……

!!!!さ、流石に自惚れすぎでしたねごめんなさい忘れてください!」

意気揚々と心配するなと言っておきながら目を丸くしたブローカの表情から自分の言葉が正解でなかったことを察すると途端に自分の言葉が恥ずかしく感じはじめてなまえは慌てて忘れて欲しいと顔を赤くした。
我ながらなんて恥ずかしいことを口走ってしまったのだろう。流石に期待で舞い上がりすぎたかもしれない…暑くなる顔をぱたぱたと手で煽ぐそんな様子を見て声を堪えて笑うブローカになまえは思わずつっかかりそうになってしまったが言葉を飲み込んでじっと彼を見つめた。その不服げな目線から言わんとしている事が伝わったのか咳払いをする。

「まあアンタがそう思うならそういうことにしておいてくれ」
「それって絶対違ってた時に言うやつじゃないですか!」
「そうだな。でも的外れって程でもない、だからそれでいいだろ」
「うう…仕方ないですね…!」

この話をこれ以上長引かせたくないですからね、不服そうな顔でなまえが根を上げるとブローカは堪えきれなかった声を漏らして「あんた本当に面白いな」と笑った。たまにそういう顔をするから責めきれなくなってしまってずるいなあ…なまえの口からはため息が零れた。

「褒められてる気がしないですけど…どうも」
「そんなことない褒めてるんだ。あんたといると飽きないって」

優しい表情と、声音にまたなまえの心臓が跳ねる

(勘弁して……!!!)






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -