知らない感情の正体は 少し前から貮號艇は騒がしくなった。いや、前から騒がしかったっちゃ騒がしかったけど更に、だ。その原因はこの2人、今私の目の前で朝ごはんを頬張っているこの2人だ。 「无ちゃん、そんなにいっぱい詰め込んだら飲み込めなくなるよ…ほらゆっくり食べよ?ね?」 「むぐももも」 「なんて言ってんのかわかんねェよ」 リスの様にほっぺたをぷっくりさせて頬張る无ちゃんを花礫くんと窘める。私は既に食べ終わっているのであとは2人を見守る(?)だけだ。 花礫くんはゆっくり落ち着いて食べているのに无ちゃんは何だかずっとせわしない。无ちゃんがいつも言ってる嘉禄さんといる時は命懸けでご飯を食べていたんだろうか…?せわしない无ちゃんはぴょこぴょこしててなんというか…愛らしい。 「ご馳走様ー!」 食べ終わって元気良く挨拶する无ちゃんをにこにこと眺める。将来子供ができたらこんな子が良いよね〜、なんて。 そんな事をしながらまったりとした時間を過ごしていたら、與儀が血相を変えてバンッと勢いよく部屋に入ってきた。 そのただならぬ様子に場の空気がピシッと張り詰める。 「ど、どうしよう知香ちゃん…!」 案の定切羽詰まった声でそう話し出す與儀に眉を寄せて耳を済ませる。輪の私が言うのもなんだが面倒ごとはあまり好きではない。 「俺たち、俺たち…」 もったいつける與儀に花礫くんは苛立ちを露わにする。私と无ちゃんはもったいつけられた事でかなり重大で言いにくいものと解釈し固唾を飲んで與儀を見守る。 「まともな隠れんぼしてないよ!」 「ぇ…え?」 その顔に、もったいつけたのにまるで大きくない話に、一瞬3人でぽかんとしたあと、無駄に緊張させられた苛立ちから紛らわしいんだよこのバカっ!と與儀の頭を叩く花礫くん。 「與儀、それはその顔でいうことじゃないよ」 花礫に叩かれた頭を抑えて涙目でしゃがみ込む與儀にそう言う。少し離れたところにいた无ちゃんもがてくてくと近寄ってきて 「與儀はどうして急にそんなこと言ったの?」 とそう問いかける。すると、待ってました!と言わんばかりの勢いで立ち上がった與儀は意気揚々とことの経緯を話し出した。 「初めて隠れんぼした時さ、无ちゃんが艇から落ちちゃってなんか隠れんぼしてる場合じゃなくなっちゃったでしょ?だからさ、リベンジしないと、て思って!」 そんな與儀の提案におもしろそーうと乗っかる无ちゃん、まぁやる事ないしね、と了承する私。花礫くんはもちろん 「は?そんなのやるわけねェだろ」 全否定だ。予想したままの言葉に苦笑する。その瞬間、扉の向こうから突然聞こえてきたツクモの声。 「花礫くんは、前もすぐに見つかったから無理はしなくて良い。私たちの隠れんぼは、花礫くんには難しいから…」 明らかに挑発とわかる話し方で入ってきたツクモに呆れた顔を向ける。確か前もこれで無理やり参加させたはずだし、流石に2度も騙されないだろうと花礫くんを見る。 「…上等だ、次はぜってーみつからねーよ!」 あ、乗っちゃうんだ…。 「が、花礫くん…あの…」 「静かにしろ!見つかるだろ」 與儀の実に子供っぽい思惑から始まっただだっ広い貮號艇で行われた隠れんぼ。散策するのに軽く数時間はかかりそうなほど広いこの艇の中には、隠れられそうな場所が驚くほどたくさんある…。 だから今、こんな風に花礫くんと同じ場所に隠れているなんてまるで予想外だ。しかも今隠れているのは貮號艇にあるおもちゃ箱の中。いくらおもちゃ箱にしては大きいとしても15歳が2人かくれるには小さいわけで、必然的にすごく密着しないと入れない。 今の体制は花礫くんが私に覆いかぶさるようにしゃがみ込み、私は全身花礫くんに包まれているかのような体制だ。少し上を向けば花礫くんの顔が見える。 何でこんな事になっているかというと、先に私が隠れていたら隠れ場所を探しにきた花礫くんが部屋に入ってきて、おもちゃ箱の横に来たあたりでドアノブが動いた事を確認した花礫くんが咄嗟に私のいるおもちゃ箱の中に入ってきたというわけだ。違う場所に移動しようにもツクモが部屋を探しているため出られない。 花礫くんは始めこそ私がいる事に驚きはしたが数秒でものの見事にもとに戻った。順応性って怖い。私は花礫くんを空気と思う様にして何とか平常心を保っていた。 「が、花礫くん…私…あの、でようか?」 「は?ンな事したら見つかるだろーが」 「ぅ、はい…」 そろそろこの体制が恥ずかしくて耐えられなくなって来てそう言ってみるもたった16文字で即否定された。しかもそう言ったことで私が出ることを防ぐためなのか花礫くんの手が私の後ろのおもちゃ箱の壁におかれ、囲まれた。 囲まれた事によって嫌でも花礫くんを意識してしまい、花礫くんのがっしりした肩や腕、程よくついた筋肉にあれ?花礫くんってこんなに大きくかったっけ、とかいつもは意識してなかったけどやっぱり花礫くんは男の子何だな、とかを考えてしまい、頭の中も羞恥心もオーバーヒート状態。私の顔はもう蒸気を発しそうなぐらい熱くなった。 ふと急にこちらをチラリと見た花礫くんが目を見開いた。どうしたんだと私も花礫くんを目だけでみれば急に頬をするりと骨ばった細い指で撫でられた。それによりピシィと固まる私。 「お前、顔真っ赤だぞ、熱でもあんのか?」 そう言って本当に心配そうな顔で覗き込んでくる花礫くん。もう、私は限界だった。 「ふ…」 「…ふ?」 「ふええええええぇぇぇーーー!!!」 たまり溜まった羞恥心を奇声に乗せて逃がし、驚いて固まった花礫くんの肩を勢いよくを押しておもちゃ箱ごとひっくり返して脱出する。急に出てきた2人に驚いて凝視するツクモをそのままに、全速力で駆け出し自室へと逃げた。 「…っあ、知香と花礫くん、見つけた」 「……はあぁああ!?」 バァンッ! 走ってきた勢いのまま部屋のドアを開け中に滑り込み背中で閉める。そのままドアを伝いずるずるとしゃがみ込み胸を抑える。 まだ、ばくばくいってる__。 花礫くんに囲まれて男、だと意識し出した途端に一層騒ぎ出した心臓。今思い出しても胸が痛いくらいにきゅう、と締め付けられる。 「男の子…って、ズルい…」 そうつぶやいた瞬間、ものすごい違和感が身体中に広がった。それに顔をしかめてみるが、何もわからない。 「はぁ…」 ため息を一つこぼして、明日どんな風に花礫くんと接したらいいんだ、と1人頭を抱えた。 back |