振り向かせる方法なんて知らない 貮號艇の一室、正確には知香の部屋のベッドに静かに部屋の主は座り込み、成人の女性にしては小さな胸の中にお気に入りのぬいぐるみを抱きかかえて眉を寄せていた。 「おかしい」 知香がそう呟く。知香の部屋にいたイヴァとツクモはお互いに顔を見合わせて意味がわからないと首を傾げる。そんなイヴァとツクモは眼中にないのか知香はひたすらおかしいと定期的に呟いている。 「どうしたのよ」 我慢が保たなくなったイヴァが捲し立てるようにそう問いかける。知香はハッとしたように2人を視界に捉えた瞬間ボッと顔が茹で蛸のように赤くなった。 それを見たイヴァとツクモは瞬時に知香の奇怪な行動の原因を察した。イヴァはあからさまにニヤニヤした意地の悪い顔で、ツクモはまるで母が初めて立った子供を眺めるような優しい目で知香を見つめる。 花礫が好きだと自覚してから、イヴァとツクモにはわずか数日でばれてしまった。 「はっは〜ん?知香〜?あんたまた花礫の事考えてたのね〜?」 「知香、私たちに言ってみたらスッキリするかもしれない」 言うまで逃がさないとでもいうように知香の前に覆い立つ2人の反応を前に知香は耳まで赤くしてもごもごと話し出した。 「がっ、花礫くんに…何をしても気づいてもらえないの…」 もうあの隠れんぼ事件があってからかれこれ3ヶ月。初めこそ顔も見れなくて苦労したが普通にできるようになってからは自分なりにアピールとやらを頑張ってきた。だが気づいたそぶりどころか前より邪険に扱われるようになった気がする。 すこしこういうことには鈍感だとしてもここまで無反応だとわざととかもしれないとすら知香は思っていた。 「あんた…もしかしてっ」 そんな知香の心境を吐露されたイヴァとツクモは急にひくひくと頬を痙攣させ引き攣った顔で知香にくっつけていた身体を引き離した。知香はイヴァとツクモの反応にどうしたんだと首を傾げる。 「知香、何をしてもって…何をしたの?」 ツクモが恐る恐るな感じでそう問うと知香はむむむ、と思い出すそぶりを見せ、小さくぽつぽつと話し出した。 「取り敢えず…初めは深く知り合う事が大切って思って…自己紹介とか…」 「急にプロフィールに産まれてから今までの出来事とかいろいろをびっしり書いた書類3枚を送りつけたのはその為だったのね…」 「知り合ったらやっぱり次は話をいっぱしないとって思って…お茶会とか…」 「何が入ってるかわからない緑の液体の前に花礫くんを連れて行って根掘り葉掘り好みやらなんやらを答えるまで離さなかったのはそれでだったのね…」 「それで…お話出来る様になったら一緒に何かしたいな…て」 「知香のあの誰も真似しない様な無茶な訓練に連れて行って花礫くんに筋肉痛を負わせるまで付き合わせたのはそれで…」 「あとは…「も、もういいわ!分かった!分かったから!」あ、そう?」 思い出すように自分のしてきた奇行、はたから見ればだが、を話し出した知香にイヴァもツクモも青かった顔をさらに青くして頭を抱えた。 「(完っ全それ逆効果じゃないの…)」 「(不器用)」 それぞれお互いに顔を見合わせ目線だけで意思疎通を行った2人。知香は今だ足りなかったのかと物騒なことをぶつぶつ呟いている。 恋愛初心者とは分かっていたがまさかここまでとは…。イヴァもツクモもこのままではダメだと知香に向き直った。 「知香、よく聞いて」 「そのやり方じゃ気付くどころか花礫くん、逆の解釈しちゃうかもよ」 「え!?嘘!?」 知香の為だと事実を突きつけたイヴァとツクモの言葉を聞いて、こんどは知香が顔を青くした。それが本当なら、知香は3ヶ月、自分から花礫を遠ざけていた事になる。 「ど、どうしよう…!やだよ、私…!」 「落ち着いて!いーい?よく聞いてね、まだ間に合うかもしれないし!あのね______ 翌日、知香は毎日恒例である无、花礫を起こしにきていた。コンコン、とリズムよく叩いた扉をゆっくり開いたのは警戒心むき出しの花礫。 ここ3ヶ月の奇行は花礫に知香を要注意人物に指定させるには十分だったようだ。 「あ、花礫くんおはよう。もうご飯で来たよ」 「お、おう。分かった」 知香は昨日、イヴァに言われたとおりアピールする事を意識せずに花礫と接した。これで取り敢えずは元に戻れるはずだと… 「无ちゃん、今日は无ちゃんの好きなご飯だって平門さん言ってたよ」 「本当!?やった!!」 が、まぁ好きと意識している相手にアピールもせず、不自然もなしに接しろとはいささか難しいわけで、知香は無意識のうちに花礫を避けていた。 それを感じた花礫は今までずっと嫌がらせして来ていたのに今日は何なんだと眉間にしわを寄せる。 事情を知っているイヴァとツクモは2人、目を合わせてため息を吐いた。 back |