水面下の恋愛 私には、好きな人がいる。もうずっとずっと好きだった人だ。 「日向ちゃん?ぼーっとしてどうしたの?」 「あっ!す、すみません!」 でもその想いは絶対に叶わないとわかっている。私はお城全体のお世話をする侍女で、その人はお城の中でも高位にある第一皇子。住む世界から違うのだ。 私はいつもその人、練紅炎様を遠くから眺めるだけ。存在すら気づかれていないだろう。 「日向〜、これ紅炎様が頼んでいた書物なんだけど、私今、先輩に呼ばれたからさ、代わりに渡しに行ってくれない?」 「わ、私!? あああ、ううううんいい、良いよ!!」 「お願いね」 同僚の侍女から受け取った包みは、見かけによらずずっしり重かった。 紅炎様が頼んだこれは、どんな書物なのだろうか。運びながらそんなことを考える。やはり難しい資料の類か、もしかしたら物語かもしれない。 なんて分かるはずもないことを考えていた。何時もは長いと感じる廊下は、暖かくて短かった。2階にある紅炎様の部屋に来るのは、これで2回目だった。 「紅炎様、お届けものです」 「入れ」 かちゃり、とできるだけ音を立てないようゆっくり扉を開ける。中に入ると、紅炎様だけでなく紅明様がいらっしゃった。 「何の荷物だ?」 「は、はい!書物だと聞いておりますが、詳しくは……」 「いい、わかった」 「申し訳ありません……!」 ちらりと紅炎様の顔を見ただけで体温が上がる。声を聞くと動機が激しくなる。会うたび、見かけるたびに、こんなにも好きだったのかと驚かされる。 荷物を紅炎様に手渡す時ですら、顔を見れずに、不自然に後方の棚の書物を見ていた。 「そ、それでは失礼いたします」 紅炎様が荷物を受け取ったことを確認して、ささっと踵を返した。これ以上この空間にいたら心臓が持たない。 「ああ、日向」 部屋を出ようとした時だ。突然紅炎様の口から、私の名前が出て来た。驚いて振り返ると紅炎様の顔が、御苦労だったと、僅かに綻んだ。 「あわ、あ、ありがとうございます!」 ぶんっ、ときっちり90度のお辞儀をして、小走りでその場を去った。紅炎様が、一使用人である私の名前を知っていた!嬉しさと恥ずかしさ、そんな感情がぐるぐるぐちゃぐちゃになって、体全体がむずむずした。 「兄上、使用人と遊ぶのは辞めてください」 日向の居なくなった部屋で、紅明がやれやれといった風にそう零す。紅炎は、それを聞いてくつくつと喉の奥で笑った。 「遊んで居るのではない」 「なっ!もっと駄目です!」 笑を含んだまま爆弾発言をかます紅炎に、紅明は目を見張る。声を張り上げた拍子に落ちた書類に、日向の侍女から食客への昇格の旨が書かれたものをみつけ、開いていた目を更に大きくする。 自分の兄であれ、恐ろしすぎる行動力に、紅明はきりきり胃がいたんだ。 (兄上、胃が痛いです) (医者を呼ぶか) (そうですね、兄上を止められる者なら呼んでください) ← |