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「やはりこの村を抑えるには奇襲が有効でしょうか」
「ですが、この間の戦で使ったものです、そこは考慮されているのではないですか?」


ぽんぽんと飛び交う意見を、静かに吸収する。紅明様はさすが第二皇子なだけあって的を得た意見をおっしゃっていた。


今行われている大掛かりな軍議は、国のこれからを左右するとても大切なもの。本来なら私たち中位の執務官には出席する権限など無いのだが、今回のものは相当長引いているらしく、出席が義務付けられた。


なのでしっかり話を聞いて審議しなければいけないというのに、先ほどから聞こえる小声はなんだ。眠たいだの腹減っただの、ぶちのめすぞ。


「武器は遠距離型中心のものがよろしいですか?あの民族は刀を使いますゆえ」


いや、あの民族は目がすこぶる良いから隠れた場所から遠距離型でなんて攻撃は効かないはずだ。


「駄目だ。あの民族は目が良い、そんな武器はまず効かんだろう」


私が考えていた事をそのまま口にする紅炎様。ほんと流石すぎて惚れ直してしまう。


「どうせあれ嘘だろ?炎帝だかなんだか知らないけど最近調子乗りすぎだよなぁ」
「どうせ今頃それっぽいこと言った俺、カッコ良いとか思ってんだって」
「っは!マジかよ腹痛てえ」


それにしても後ろがうるさい。紅炎様の陰口だなんて、怒りがこみ上げて来る。お前達ごときが紅炎様の何がわかる。あの人はいつも本を読んで、鍛錬をして、身を粉にして国に尽くして来たお方だ。


それをたかが一端の執務官ごときが侮辱するなんてあり得ない。


「この間また金属器を手にいれたらしいぜ」
「其れもどうせ部下のおかげだろ?たくさん従えて行くのを見たぜ」


紅炎様とダンジョンに入ったのは2人だけだ!他の部下は入り口前で待機させていた、何も知らないくせに……!


怒りで顔が熱くなるのがわかった。このまま聞いていても何の特にもならないとおもうのだが、耳が拾ってしまうのだ。


「…お前達はどう思います?」


紅明様がこちらに話を振って来た。そこで途切れた陰口に、怒りを抑えようと息を吐いた。それなのに、あろうことか答えたのは陰口を言っていたあの2人だった。


「はい、私たちの考えではーーーーー」


やめろ。碌に聞いてもいないのに意見するな。また湧いて来た怒りに、拳を握りしめる。


「そうですか、座りなさい」


かたん、と音を立てて2人が座った。2人の意見を取り入れてまた審議が開始される。駄目だ、駄目だと思うのに唇が震えるだけで声が出なかった。だけどそれもこの時までだった。


「おい、あいつら俺らの意見間に受けちまったぜ?」
「ぶはっ、やっぱ皇子って威張ってるだけで無能だな」


ぷつり、と何かが来れる音が聞こえた。さっきまで感じていた怒りはもう無く、ただ静かに頭だけが熱く、何故か乾いた笑いがこみ上げて来た。


ゆっくりと立ち上がると、周りの目がすべてこちらに向いたが、そんな事はどうでも良かった。こいつらは、真面目に国のために働いてる人たちを、紅炎様を、無下にしたのだ。


「貴方達、恥ずかしく無いんですか?そうやって陰口しか叩けない能無しのクズになると羞恥心って無くなるんですか?だいたい、そんな能無しのクズに紅炎様を侮辱する権利なんてあると思ってるんですか?ありませんよ、1度焼却炉で身を焦がしてから出直して来なさい。ああ、そう言えばこの間紅明様が好きだという理由で女の方にフられてましたよね。もしかしてはらいせですか?本当にカスですね。同じ空気を吸って生活しているだなんて思いたくも無い。それと、もし貴方達の何の役にも立たない中途半端に張った薄氷のようなぺらっぺらな意見が通り、この国が滅びたらどうするつもりですか?どう詫びるつもりですか?貴方達みたいなクズの臓器じゃ国を立て直す資金なんて集まりませんよ?これっぽっちも、です」


部屋中の温度が軽く氷点下を超える。部屋全体が一段黒くなったような錯覚を覚えた。


「最後に言っておきますがあの民族の目が良いのは本当です。故に光に弱い。だから比較的暗い場所にあの村は有るんです。有効的なのは証明。大きな光魔法で村を照らし、相手がくらんだ隙をつくのが良い。それくらい勉強してからこの軍議に参加なさい。そうすればクズも砂くらいには昇格できますよ」


そう締めくくって口を閉じる。はっ!として当たりを見回せば、皆目を見開きこちらを凝視していた。目の前の2人はカタカタ震え顔を青く染めていた。


部屋に飾ってあるガウラの花を、むしり取ってやりたくなった。ああ、紅炎様どころか、国の大臣達のお前で、なんて失態をおかしてしまったのか。


じんわりと熱くなった目頭を隠すようにうつむく。すると、突然カツカツと足音が近づいて来た。ふわりと良い香りが体を包み、顔をあげると紅炎様が私を持ち上げて来た。


「……っえ」
「少し抜ける。あとは紅明、任せたぞ」
「え、あ、兄上!」


太ももの裏と背中を掴まれ、肩にしがみつく。うまく状況を飲み込めていない私は、さぞ滑稽な顔をしていたことだろう。










ぽふん、と音を立てて落とされたのは紅炎様の寝台。こんな状況だが部屋に連れ込まれたことにドキドキしてるあたり私の神経はかなり図太い。


「あ、あの、紅炎様、わた「あの2人の意見が考えたものでは無いことなど、紅明達も分かっていた」
「う、え」


上から私を見下ろし、紅炎様はそう言った。分かっていた、ということはもとよりあの2人には形式的に質問を投げかけただけだったのか。


それを私は変に正義感を振りかざして、場を悪くして…。またカッと熱くなる顔に、唇を噛みしめる。


そうしたら、噛むな、と紅炎様が唇を優しく手で拭う。吃驚して見上げると、今まで見たことの無いような優しい顔つきでこちらを見下ろしていた。時が止まったような気がした。


「日向、お前はどうしてその優秀さを隠す。俺はそれがずっと気に入らなかった」
「……っえ、紅炎、様?」
「お前が泣いて居るのを見てから、なぜか目が離せなかった。母上の仲間では無いと知った時何故かホッとした。お前が、俺達に変わって怒って居るのを見て、どうしようもなく愛おしいと思った」
「え?」


紅炎様の言っていることが理解出来なくて、頭が真っ白になる。紅炎様は何を言っている?そんな、そんな言い方だとまるで、


「日向、お前が好きだ」


紅炎様が私のことを好いているみたいではないか。


「こ、紅炎様?何を言って「俺の目をみろ。今まで散々嫌悪して来て虫の良い話だが、お前をずっと見ていて、愛しいと思った。日向、愛しているんだ」


私の頬を包み、合わせてくる紅炎様の目は、真剣そのもので、嫌われているからこれ以上は、と押さえつけて来た想いが、涙となってあふれる。


「こ、うえん、様……、ずっと、ずっと見てまいりました。紅炎様が、紅炎様が私のことを嫌いでも、ずっとお慕いしてまいりました……!」
「っああ、すまなかった」


うまく呂律が回らない。ひく、ひくとしゃくりあげながら想いを告げる私を、紅炎様は優しく抱きしめてくれた。


無事軍議が終わったと紅明様が報告に来るまで、紅炎様は私を背中をぽんぽんとあやして下さった。


キレた私が相当怖かったのか、若干ビクビクしながら紅明様について来た神官殿が私と紅炎様を見て驚くのを、窓の外のコレオプシスの花がゆらゆら眺めていた。






(ところでよぉ、紅炎、なんでよりによって今告るんだよ)
(本性をさらしてしまって弱っていた今しかないと思った)
((うわぁ))






(ガウラは"我慢出来ない"、コレオプシスは"愛の始まり"。)





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