2 前方でわたわたと執務をこなす同僚達を冷めた目で見る。普段サボってるからそういう事になるんだよ。 忙しい忙しいと口に出して書類を片付ける奴も居る。毎日与えられた分をきっちりこなして居たらこうはならないんだよ。 なんて、私も仕事に追われているから何か言えた立場じゃないが。 1人仕事を済ます事も勿論できた。でもそれをしたらどうだ、こいつは余裕がある、と仕事が降ってくる。そんな面倒なことはごめん蒙るね。 眈々と周りに合わせて仕事を済ます。全体が慌ただしい中1人だけ浮いたような感覚になるが、それももう慣れっこだ。 「もう昼か…」 小さく呟いた声が騒がしさに溶ける。朝から始めたおかげで、もう8割は書類を片付け終わって居た。 お腹もすいたし、私1人抜けても誰も気づかないだろう。そう考えて部屋をそっと出た。今の時間は昼ご飯時より少し早い。食堂も空いているだろう。 仕事が溜まる時期の上執務時間で誰もいない廊下を1人足音を鳴らし進む。思った通り食堂には人がおらず、出来上がった食事だけがさみしくならんで居た。 手を洗いトレイと皿を取り、食事を盛り付ける。ガラ空きのテーブルの1番奥の端に座る。ここが定位置なのだ。すると、静かな場に似合わない陽気な声が鼓膜を揺らした。 「あっ!日向じゃねーか!こんな所でなにしてんだよ!」 少し肌寒くなってきたというのに、相も変わらず上半身ほぼ裸という、はしたない格好の神官殿が、桃片手に入ってきた。 「食堂で、食べる以外に何ができますか」 ぶっきらぼうに返せば、何が面白いのかケタケタと笑いながら隣に座ってきた。その上、あろうことか盛り付けたおかずを1摘み食べやがった。なんて厚かましい奴だ。 食べたおかずが美味かったのか、また手を伸ばしてくる神官殿。その手をパシンと叩けばいてっ、と間抜けな声をあげ手を引いた。 「何すんだよ!」 「人のご飯を取るだなんて行儀が悪いです。貴方はその桃でも齧ってなさい」 ぴしゃりと言い放つと、お前には優しさってものが足りないなどとぶつぶつ言われた。貴方じゃなかったらもっと優しいんですよ私も。 手を合わせてから箸を持ち、やっと昼ご飯を口にする。朝からずっと書類とにらめっこして居たため、それなりに疲れた身体にじわじわと暖かさが宿る。 「なぁ、最近紅炎と仲良いらしいじゃん」 突然にたにたした笑みで神官殿がそう口にする。仲が良い? 今の私と紅炎様の関係は仲が良いと言えるものなのだろうか。 確かに以前より話す回数は増えた。私の痴態を晒すというあの黒歴史から早半年、紅炎様は何故か私に話しかけて下さる様になった。が、それだけだ。 以前と同じで厳しい目つき、口調は変わらないし、話す事も事務的な事ばかり。今まで人伝で伝えられてきた言葉を直接言われる様になっただけ。 「神官殿の目は節穴ですか。それとも仲良いの意味を履き違えて居るのですか。辞書を持ってきますよ」 「は?俺は以前と比べたらっつー意味で言ってんだよ。お前相当紅炎に嫌われてたもんなあ?ま、今だって好かれてるとは言えねーけど」 やめてくれ。自分が1番よくわかっているが、人に言われるとどうも心に刺さる。 「それにしてもあんなに嫌われてたのも不思議だよなー!いくらあのババアと連んでるからっつっても相当嫌悪されてただろ?やっぱお前にも原因あんじゃねーの?」 尚も不気味な笑みをたたえたままずかずかと踏み込んでくる神官殿に、息が荒くなる。私だってそんな事は気づいていた。でも考えたってわからなかったのだ。 「あ、あれじゃね?バレてたんだよ!お前の気持ち!だから紅炎は遠回しにお「うるさい!」 ガシャン! 物凄く大きな音を立てて神官殿が吹っ飛ぶ。駄目だ、カッとなってしまった。こんな所で魔法を使うなんて、神官殿じゃあるまいし。 椅子やら机やらを盛大に巻き込んで吹っ飛んだ神官殿は、さっきと対角線上の部屋の隅で倒れて居る。 「って〜、何だよ、俺のボルグ一瞬で砕くとか本当お前おもしれーな!」 その言い方だと、どうやらわざと攻撃してこさせる様仕向けたらしい。やすやすと乗ってしまった事に腹が立った。 それよりも早くここを離れないと。大きな音が出てしまったのでこれでは人が来てしまう。神官殿を吹っ飛ばしたなんて知られたらそれこそ面倒な事になる。 「吹っ飛ばされて喜ぶとかとんだマゾヒストですね」 急いで食器を片付け、私はそう言い残して場をあとにした。後ろでバタバタと足音が複数聞こえて来たので、間一髪か、と内心ひやりとした。 今頃神官殿が暴れたと思われているだろう。玉艶様にお説教でも喰らえばいい。執務室に戻る途中、廊下に飾ってあったモモの花に、この城は何でこうもタイミングが良いのだろうかと笑みが漏れた。 (モモの花は"貴方に夢中") →3 ← |