花言葉と君の想い





目の前で揺れる風船唐綿ふうせんとうわたの花に腹が立つ。じとりと、向かい合って座る部屋の主を睨めば、見透かしたかの様にくすくすと笑われた。


「当て付けですか」


出されている紅茶を飲みながらそう溢す。この間呼ばれた、今日と同じお茶会で聞かれたこの花の花言葉。まさか取り寄せてまで飾るだなんて、本当に趣味が悪い。


「ふふふ、貴方にぴったりのお花よ?隠された才能、だなんて」
「……玉艶様のそれは買いかぶりですよ」


花から視線を外し、目の前に座る玉艶様を見据える。この人はよく私をお茶会に誘う。はっきり言って来たくはないのだが、1度無視した時わざわざ神官様がご丁寧に攻撃付きで迎えに来たため、無視はしない様になった。


あの時は本当に焦った。部屋で着替えていたら、急に巨大な剣が窓を割って飛んできたのだ。その後も様々な訓練用の武器が飛んで来て本気で怖かった。全て投げ返したが。


「買い被りなんかじゃないわぁ?私は貴方の能力をちゃあんと、知っているのよ?欲しいわぁ」
「やめて下さいよ」


不気味な笑みでこちらを見て来る玉艶様は、私にとっては軽くホラーだ。ぬるくなった紅茶を啜りながら、面倒だと内心息を吐く。ほぼ毎週繰り広げられるこの会話は、かれこれ2年は続いている。


__トントン


突然鳴り響いたノックの音に顔をあげる。玉艶様とのお茶会中に、人が来るのは珍しくない。また侍女だろうと顔を下げた瞬間、聞こえた声に目を見開く。


「母上、紅炎です」
「お入りなさい」


途端にかっと熱くなる顔を、慌てて扉とは反対に向ける。ゆっくり呼吸し、いくらか冷めた顔で、入ってきた人をちらりと盗み見る。


相変わらず険しい顔で玉艶様と話をするその人は、カッコ良くてドキドキして、見てるだけなのに心臓が壊れそうだ。


「それでは、失礼します」
「…っ」


マントを翻し部屋を出て行く紅炎様。振り返る時にぱちりと合った目は、軽蔑の色を宿していて思わず泣きそうになる。


私は、お慕いする紅炎様に嫌われている。


以前書類を渡しに行った時、話をしたくて口を開きかけたら、目障りだと、用が済んだなら出ていけと言われた事もある。


「貴方は紅炎の事になると分かりやすいのね」


抑揚の激しい声でそう笑う玉艶様を睨む。元はと言えば嫌われているのは貴方のせいなのだ。


「貴方は私が紅炎様に嫌われると堕ちてくるとでも思っているんでしょうが、生憎私は嫌われる要因を増やしたくはないんですよ」
「あら、人聞きがわるいわあ?」


もう良いだろう。乱暴に紅茶を置き部屋を後にする。あの人といると息が詰まる。


下を向いて目的の場所へ早歩きで向かう。廊下は嫌いだ。小さな声が私をじわりじわりと責め立てる。陰口には慣れないし慣れたくもない。










「……っふ、うえぇ」


漸く辿り着いた庭園の木の影、抑えていた分何時もより沢山の涙が溢れて来た。嫌われている、分かってるけど、分かってるけど痛いものは痛かった。


涙を落とすのは何故か嫌で、こぼれる前に全て拭おうとするが追いつかなくてぽろぽろと地面を濡らす。何度も世話になっているこの場所では、抑えるなんてできなかった。


暫くして、やっと収まって来た涙。嗚咽をもらしながら木に凭れかかると足音が近づいて来る。焦って隠れ場所を目で探すも、ここが既に隠れ場所なわけで動き様がなかった。


通り過ぎることを祈って目を固く閉じ耳を澄ます。足音は通り過ぎることはなくすぐ隣で止まり、視界が暗くなったのが分かった。


どくり、どくりと自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。じっ、と隣で立つ人が誰なのか気になるが、泣いてるとバレるかもしれないのと弱い所をみられるという恐怖に顔があげれなかった。


「何をしている」


降って来た声に大きく肩が揺れ、これでもかという程目を見開く。全身の血が逆流してるかのような感覚が身体中に絡みついた。


先程も聞いた抑揚のない声は、間違いなく紅炎様のものだ。


低く、地を這うようにうねる声は、私を捉えて離さない。余計に顔があげられなくなってしまって、ひゅっと喉がなった。恋い慕っているお方に、こんな弱い姿は見て欲しくない。


「…おい」
「っあ!」


痺れを切らしたのか、紅炎様の手が私の顎を掴み無理矢理目を合わされる。まさか泣いているとは思っていなかったのか、凛々しい目を大きく開いていた。


しゃがみ込んで顔だけを上に向かされた苦しい状態で、私は必死に離してもらおうともがく。そこは矢張り男と女の差というものなのか、力だけでは勝るはずもなかった。


「泣いて、いるのか」
「……っ!離して!」


紅炎様にみっともない姿をまじまじと見られた、もっと嫌われるんじゃないか、そんな言いようの無い焦りが体全体を支配する。


咄嗟に掴まれた手を握り魔法で電気を流す。バチッ! と嫌な音が響き、驚いた紅炎様が手の力を緩めた。その隙に勢いよく立ち上がり全速力で走る。


電気、と言っても流したのは皮膚の表面にだけ。大きな音がなったが痛みは無いはずだ。


走っている途中に見えた菊の花に、また腹が立った。










(菊の花は"やぶれた恋")






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