月夜の恋人





がやがやと賑わう城下町。つい先ほどジャーファルの手によって撃ち落とされた南海生物は、今はもう大半が人々の腹の中に収まっていた。


ここ、シンドリアでは現在、謝肉宴マハラガーンが行われていた。女性たちは美しく着飾り、少しでも意中の相手に近づこうと花を配り練り歩く。


もちろんフィリアも例外ではなく、不思議な模様の大きな仮面を被ったまま、沢山の花を抱えて小走りに人の波に逆らっていた。


「お、フィリアちゃん!誰かお探しかい?」


果物屋のオヤジが走っているフィリアに声をかけた。何故フィリアと分かったのかは、フィリアの腰にぶら下がった歪な形の武器のおかげだろう。


晴れやかな衣装の中で、その歪な武器は一際目立っていた。


「あ、はい! さっきから探してるんですが、見つからなくて……」


立ち止まりお面をつけたまま話すフィリア。果物屋のオヤジはそんなフィリアの言葉ににっこりと笑った。


「さっきジャーファルさんが海の方へ歩いて行くのを見たぜ! 南の海だ」
「っ本当ですか!?ありがとうございます!」


きっちり90度のお辞儀を素早く行って、フィリアはオヤジの指差した方へさっきよりも早く走って行く。


海に近づくにつれて、人数はどんどん減って行き、砂浜が見えてきた頃には、周りには誰一人いなかった。


すっかり夜も深けているが、月明かりのおかげで砂浜は明るかった。静かな音を立てる波はそんな月明かりをキラキラと反射させている。


そんな落ち着いた風景の中、ポツンと人影が波打ち際をゆっくりと移動していた。


「ジャーファルさん!」


その人影の白い髪が、波と同じように月明かりで、時たまきらりと光っているのを見て、フィリアは声を上げた。


ピタリと止まったジャーファルが、ゆっくりとフィリアの方を振り向く間に、フィリアは側に走り寄った。


「……貴方は、フィリア、ですよね?どうしたんですか?」
「ジャーファルさんこそ! 私、ずっと探してたんです」


振り向いてお面を見た瞬間、一瞬きょとんとしたジャーファルも、フィリアの腰にぶら下がる武器を見て優しい顔つきになる。


「それはすみませんでした。シンが女性を押し付けて来るものですから、逃げてきたのです」
「えっ!? だ、大丈夫ですか!? ジャーファルさん食べられてませんか!?」


フィリアは慌ててジャーファルの衣服が整っているか確認しだす。貴方ねぇ、とジャーファルは呆れた声をあげるが、ずいぶん必死なフィリアが面白いのか引っぺがしはしなかった。


「大丈夫です、可愛い恋人を差し置いて他所の女性に食べられる、なんてヘマはしませんよ。フィリア、その服似合ってます」
「っ、あ、ありがとうございます」


突然声色を変えて耳元で囁くジャーファルに、ぽぽぽぽ、と顔を熱くさせるフィリア。つけてて良かった、とお面を抑えながらそう思った。


「ぁ、あの、ジャーファルさん、今日……とっても格好良かったです」


負けじと小さな声でそう言った後、やはり恥ずかしくなったフィリアはお面を抑えて俯いた。ちらりと髪の隙間から見えた耳と首が真っ赤に染まっていた。


「ありがとうございます。フィリアにそう言ってもらえると嬉しいですね」


今だ俯くフィリアの頭を、ゆっくりと撫でる。ぴくりと体を揺らしたフィリアは、安心したようにへへ、と笑った。


「あ!ジャーファルさん、これ」


遠慮がちに腰にぶら下げていた花をジャーファルに差し出す。謝肉宴ではお世話になった人や好きな相手に花を渡すのが伝統だ。


2色の綺麗な花を、潰さないように優しく渡す。ジャーファルはふんわり微笑んで頭を下げた。


その意図を理解したフィリアはまた、頬が熱くなるのを感じながらジャーファルの首に花をかけた。


ありがとうございます、とジャーファルは掛けられた花に片手を添えてフィリアの頭を撫でた。


「フィリア、お面外しませんか? 顔が見たいです」
「ぅえ!? あ、でも、その、今はダメです」


突然の事にざっ、と一歩下がったフィリアとの距離を、ジャーファルは今見たいんです、と甘く囁きながらすぐに詰める。


お面に手をかけると、取られぬようおろおろと暫く抵抗を続けるフィリアだが、ジャーファルが宥めるように名前を呼べば、諦めたように大人しくなった。


「はは、真っ赤ですね」


ゆっくりお面に外していくと、言葉通り真っ赤な顔をしたフィリアが俯いて眉を垂らしていた。衣装を着る時、化粧もしたのか橙色に色付いた目尻が色っぽい。


「ジャーファルさんのせいですよ」


口元に手の甲を押し付け困ったように見上げながらそう言う。ジャーファルはくすくすと静かに笑って、フィリアの手を取り顔を近づけた。


手を掴まれ、顔が露わになって揺れるフィリアの視線を絡め取って、ゆっくりと唇を合わせる。


「ん、ジャ、ジャーファルさんっ、な、何を」
「フィリア、可愛いですよ」


啄ばむ様に何度も何度もキスをする。掴んでいた手は、今ではきゅ、と絡まって、空いた方の手は、フィリアの腰を優しく抱き寄せている。


「ふ、……ん」


満足した様に離れて行ったジャーファルの胸に、真っ赤な顔をしたフィリアは顔を埋めた。


そろそろ戻りましょうか、そう言ったジャーファルに、フィリアはこくりと頷き、身を離した。


ゆっくり歩き出したフィリアとジャーファルの手は、しっかりと握り締められていた。












(おお、ジャーファルとフィリアじゃないか!相変わらず仲良しだな〜)
(シンもフラついてないで愛しい人を見つけたらどうです)
(何だよジャーファル〜、お熱いな〜)
(ジャ、ジャーファルさん、もう恥ずかしいです……)








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