忘れ物にご用心




体育館の扉の前。緑間、青峰、黒子は眉を顰め立っていた。なかなか扉を開けないその様子は、はたからみれば随分と奇妙なものだっただろう。しかし、扉を開かないのにはわけがあった。


「っぃ、んん、りょ……たぁ!痛いっ」
「名前、声抑えて。外に聞こえるっスよ」
「なら、もっと優しくっ……ぅ」


時刻はもう最終下校間近で、生徒のほとんどが下校済みだった。かくいうこの3人も、自主練を終えたいつものメンバーと帰路についていた。


ただ、黄瀬と名前はまだ2人で1on1をして居たのでおいて帰ったのだ。そして帰り道、緑間が忘れ物をしたと急に立ち止まった。それはクラスの宿題で、渡し忘れたので学校に残っているものだけでも取りにきてくれ、そう部活中にクラスの連絡網で回ってきたのだった。


となると必然的に青峰も行かなければならない。めんどくさいと渋る青峰を緑間が引っ張り、書こうと思って居た部誌を忘れてきた事に気づいた黒子が学校に引き返したのだ。


無事宿題も受け取り、どうせなら付き合うといった緑間と、また緑間に引っ張られた青峰と黒子は体育館に着いた。そしていざ入ろうと扉に手をかけた直後、聞こえてきたのが明らかに普段と違う名前の声だった。


「あ、あいつら体育館で何をしているのだよ……!」


沈黙の中緑間が盛大にどもりながら口を開いた。それによって青峰も糸がきれたように動き出す。


「何ってお前、この声はあれだろ」
「なっ!何を言っているのだよ!中学生がそんな」
「おいおい緑間〜、俺まだなんも言ってねーぞ?お前こそなに想像してんだよ」


にやにやと緑間をからかう青峰。こんな状況でも表情筋の働かない黒子が2人をうるさいですよ、と宥めた。中からはまだ艶やかな声が聞こえてきている。


3人はどうしたものかと頭を悩ませた。いかがわしい事ではないと信じて扉を開ける、という提案が緑間から出たが、青峰がそれはないと否定した。


「それにしても意外ですね。あの2人が恋人らしい事をしているなんて」


黒子はこんな状況下で冷静すぎる感想を口にした。緑間が今はそんなこと言ってる場合ではないのだよ!と声を荒げる。一方、青峰は黒子の言葉にそれもそうかと、同意する。


緑間がもう部誌は朝書けば良い、と引き返そうと2人の腕をつかんだ。直後、黒子が2人の口を塞いで静かに、と険しい顔で扉を睨む。


突然のことに目を瞬かせ、大人しくなった2人の耳に、案の定名前と黄瀬の声が鮮明に聞こえる。


「っううう、痛いってばぁ!」
「うるさいなぁ、痛いって言っておいたじゃないスか」


何をして居るかは見えないが名前が痛がっている事だけ分かった。3人は、アイコンタクトをとった。


(これ無理矢理か?)
(分からんが、痛がっているのだよ)
(止めた方が良いですよね)
(開けんのか!?)


また沈黙が訪れる。痛がっているのを止めるためには、扉を開けるしかない。が、それでもし本当に予想通りのことをしていたとして、どう反応すれば良いのか。


3人は頭を抱え、目だけでお前がいけ!は?無理矢理! と争い出した。その瞬間だ。名前の悲鳴が廊下を突き抜けた。


「いった!!いったいってば!痛い!!」
「ちょ、名前うるさい!」


動いたのは青峰だった。咄嗟に、まさにその言葉通り悲鳴が聞こえた瞬間動き出した。


「っ黄瀬ェ!見損なったぜ!」
「……え?」
「……青峰っち?」


バーン! そんな効果音が付きそうな程勢い良く開けた扉。その先には、あられもない姿の2人、ではなくしっかり服を着て、黄瀬に足を掴まれた名前がいた。


「……青峰、何が見損なったなの?」


5人がぽかんと見つめ合う中、口火をきったのは名前だった。その問いに呆然とした顔の黒子が、何をしてたんですかと問いを被せる。


「足ツボっス」


まだ少しぽかんとした顔のまま、黄瀬が答える。そして水を打ったように静まり返る体育館。ぽくぽくとした沈黙の中、緑間の顔はみるみる赤くなって行った。


「お前ら!そんな事は家でやるのだよ!恥をしれ!」
「「え?」」
「まったくです。あなた達にはほとほと呆れます」
「「え?」」
「マジあり得ねー!」
「「え!?」」


それぞれ赤い顔、覚めた目で罵声を飛ばし部室に向かって行く緑間、黒子、青峰に、名前と黄瀬はただ呆然とえ、しか言えなかった。


バタン!と閉じられた部室の扉を、名前と黄瀬はぽかんと眺める。お互いに顔を見合わせ、首をかしげた。



また荒々しく出てきた3人に、はっ!とした名前と黄瀬が、よく分からず謝らされたとかいないとか。






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