ケンカップルの日常




私立帝光中学校には、名物カップルがいた。恋人同士であるのに、お互いの扱いは酷く、所構わず喧嘩する。機から見れば理解し難い事ばかりをする、そんな2人がいた。



_ビタン!


小さな悲鳴と共に、そんな音が廊下を駆け抜けた。それは私が床に張り付いた音で、不本意だが今もなお床と仲良く接吻している。


「あっれ〜?名字さんったらそんな所で何してるんスか〜?」


私の足を引っ掛け、尚且つ床に張り付けた張本人である男、黄瀬涼太がにやにやと笑いながら声をかけて来る。


漸く動き出した私は、わなわなと震えながらゆっくりと立ち上がった。いつもは名前と呼ぶのに、からかう時だけ名字と呼ぶのが、また神経を逆なでてくる。


「涼太ぁ……てめぇ覚悟はできてんだろーな……?」


言ってる言葉は物騒だが、床にぶつけたせいで赤くなった鼻と、痛みで潤んだ目の所為で迫力はまるでないだろう。割と本気で顔全体が痛い。


「ぶっは!顔!」


私の無様な顔を目にした涼太は、廊下なのも気にせず大声でげらげらと笑う。勿論涼太の反応に私の怒りは大きくなるばかりだった。


「……ぶっ殺す!」


ついに怒りが爆発した。涙目で涼太を睨みつけ走り出した。私が顔を上げた時点で危険を察知したらしい涼太は、既に走り出していた。


「女の子が物騒なこといっちゃダメっスよ〜?」
「涼太にしか言わないよ!」


バタバタと2人分の足音が、廊下をものすごいスピードで駆け抜けて行く。周りの生徒達は、またか、と見慣れた光景に呆れながらも、良くも悪くも目立つ私達を好奇の目で追ってくる。


涼太はバスケ部レギュラーで、足は普通の男子より数段早い。それなのに私がついて行けてるのは私も女子バスケ部レギュラーなのと、涼太が少し手を抜いているからだろう。


帝光中学校には、女子バスケ部も勿論あった。ただ男子バスケ部の注目が強過ぎて霞んでいるだけ。こちらも女子バスケ会では強豪であり、男子バスケ部までとは言わずとも、体育館は丸々1つもらっている。


「まてクソデルモ !!お前のそのシャララ顔に頭突きかましてやる!!」
「そんな事言われて待つバカはいねっス!」


もしかすると1階までは響いてるのでは無いかというほどの大声で、私と涼太は言い合いを続ける。


しかし私は、イライラしてイライラして周りなんて見えてない。シャララぶっ潰す!その言葉だけが頭を支配していた。


涼太は走りながらも器用に振り返り、私を小馬鹿にしてくる。それが私の気を余計に逆立たせていた。


「くっそ! 腹立つ! 止まれ涼太!」
「っは! 引っかかる名前が悪いんスよ? それに怒った顔ばっかしてるとしわ、できちゃうっスよ?」


尚も続く涼太の挑発に、自分のの顔がどんどん歪んで行くのがわかった。怒りで言葉もでなくなった頃、ふと涼太の頭上に見えた時計に、足を止めた。


あ、と声を洩らし時計を見つめる私に、黄瀬も足を止め怪訝な顔を向ける。その瞬間、私は顔を真っ青にして教室へと踵を返す。


「やばい!やばいやばい!」


そんな事を呟きながらも、私の足はもう教室に向いていた。早く戻らなきゃ!そんな思いが私の体を突き動かしていた。










≪さっきはどうしたんスか?≫


授業中、ポケットに入れてあった携帯が震えた。マナーモードにしていて良かった、と思いながら引っ張り出すと、涼太からLINEが来ていた。


私立帝光中学校では、携帯を持ってくる事が許されていた。電車に乗って、他県から来る生徒も少なくは無いからだ。


≪宿題やってなかったんだよね≫


先生にばれない様に、机の影に隠れて返信を打つ。前から2列目である私と涼太は、先生にバレるリスクが比較的高いのだ。


≪笑≫
≪笑うんじゃないよ!今日当たる日だったから本当焦った≫
≪そういえば当たってたっスね≫
≪でしょ≫
≪涼太答え聞きながら必死に写してたでしょ≫
≪その所為で自分でも読めないっスわ≫
≪笑≫


盛り上がるLINEに、授業中なのも忘れそうになる。思わずふっ、と洩らした笑いに反応したのは、運悪く先生だった。


「なんだ名字、分かるのか」
「……え?」


急にかけられた声に、慌てて携帯を机の中に押し込む。顔をあげると、不敵に微笑む中年おやじとバッチリ目があった。うええ。


「それじゃあ名字、問5の(3)答えてみろ」


当然授業なんて聞いて居なかった私は、問5の(3)すらどのページにあるのかわからない。えええ、とあたふたしていると、視界で黄色が動いた。


教室の廊下側の2列目、なんと涼太がこちらに向かって手で2を作っている。なんていいやつ……!たまには!なんて目を輝かせた。


「2です!」
「6πcmだ」


涼太を信じ、自信満々に答えたのに間違っていた。クラス中がどっと湧く。わなわなと震えながら涼太の方をみると、腹を抱えて大爆笑していた。


嵌められた……! 教師に小馬鹿にされながら席につき、彿々と湧いて来る怒りを感じていた。そういえば涼太馬鹿じゃん!短時間で答えなんて分かるわけないじゃん!


結局その後何も考えられずに過ごした授業。チャイムがなり挨拶が済んだあと、涼太ぁー!!と叫んだ私と、また笑って逃げる涼太の鬼ごっこが開始されたのは言うまでもない。




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