君の中の僕
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君を初めて見かけてからもう大分の時間が経った。それでも、その時の事は鮮明に覚えている。瞳の奥に映る迷いと葛藤。シビュラに支配された今の時代で見る事はもはや不可能に近いそれに、一瞬で目を奪われた。


それから衝動的に話しかけたが、シビュラについてどう思っているかという僕の質問に対しての返答は平凡過ぎてがっかりさせられた。


『必要だと思います』


だが、そう言った時の瞳の中に、強い拒絶、否定を視た時、体中に電撃が走った。彼女は僕と"同じ"で"違う"。そう思った。




それから彼女が公安局の人間だと知り、更に興味を持った。いや、興味だけでは言い表せない。


所詮、"一目惚れ"と呼ばれるものだろうと僕はふんでいる。あんなに意味もないものだと思っていたものを、まさか自分がしてしまうとは、皮肉なものだ。


だが同時に、報われるはずが無い事も理解した。この世にはどうしようも無い事が幾つもある。我々人類に出来ない事は無い、なんて僕は思っていないからね。






それから少しして、面白い奴を見つけた。そいつを試すために彼女の友達を使った。そうすれば彼女も自ずとくるだらうとふんでだ。報われないのなら、攻めて記憶に根強く残る小割りのいない存在になろうと思った。






「今からこの女船原ゆきを殺してみせよう。君の目の前で」


今僕は冷たい鉄に囲まれた建物の中で、自分にドミネーターを向ける彼女と対峙している。


「止めたければ、そんな役に立たない鉄屑ではなく、今あげた銃を拾って使うといい。引き金を引けば玉は出る」


ドミネーターでは僕は裁くことができない。ドミネーターに頼り切っていた彼女に確かな衝撃を与える。今までに味わったことのないようなものを。衝撃、トラウマに繋がるそれは、嬉しかったことよりも強く、人の脳に刻まれる。


眈々と彼女と会話しながらも、こんなことをしている自分を嘲笑う。僕がこんな体質でなければ、こんなことをしなくても彼女に近づくことが出来たのではないか?と。でも今更どうしようもないときに出会ってしまったのだ。


「ほら、人差し指に重みを感じるだろう?シビュラの傀儡でいる限りは決して味わえない、それが決断と意思の重さだよ」


彼女は今、命の重みを感じている。他の誰でもない僕の、だ。その事実にひどく高揚する。


「デカルトは、決断ができない人間は、欲望が大きすぎるか悟性が足りないのだと言った。……どうした?ちゃんと構えないと弾が外れるよ」


恐らく深い葛藤の渦に飲まれているであろう彼女に追い打ちをかける。


「__さあ、殺す気で狙え。ドミネーターを捨てろ!」


目を瞑って不安定な片手だけで猟銃を発砲する彼女を冷たい目で見下ろす。もちろん弾は僕には当たらない。彼女に人は殺せない。そんなことはわかり切ったことだ。さして落胆などはしてない。


「君は僕を失望させた。だから罰を与えなくてはならない」


必死に抵抗する船原ゆきの首に冷たい剃刀を当てて彼女を見る。ひどく震えている。それをみて歓喜する自分と、愛する人をこんなにして何をしているんだと虚しくなる自分がいる。


「神田監視官。君に本当の正義について考えるチャンスをあげよう」


ゆきの喉にあてがった剃刀を一気に切り裂く。死んだ彼女の死体を通路から捨て、彼女を見つめる。既に絶望に顔を染め、目は虚ろだ。それを見て、部屋を後にする。








彼女は十三省庁六公司すべてにA判定が出たエリート中のエリートだ。そんな挫折を知らない彼女に人生で最大の挫折を与えた。


これで彼女の中の僕は、誰にも替えのきかない確かな存在になった。心の底からくる喜びに、僕は自然と笑みを浮かべた。





愛おしさからついた嘘。それは誰にも明かすことなく、ただ彼女の中に自分を残そうとした僕の滑稽な足掻きだ。




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