再会




「始めてみた時から好きでした!付き合ってください!」


知香はそう大声で叫び手をこちらに差し出したままお辞儀をする男を、ぽかんとした顔で見つめていた。


何故こんなこんな状況になっているのかは数十分前に遡る。












「いらっしゃいませ〜」


人がお店に入るたびにそう声を掛ける。もはやこれは癖になった。この前は久々に海外出張から帰った両親を一人暮らしのアパートに招いたとき、おかえりを間違えていらっしゃいませと言ったくらいだ。


「知香ちゃーん、休憩の前にこれ届けてきてくれない?間違ってうちに置いてあったって…本当はあたしが行けば良いんだけど今手が離せなくて…」


懐かしいなあとたゆたゆとしていたらおくから出てきた店長がそう言ってきた。手には大きな段ボールが持たれていた。


「あ、はーい。えっと、向かいの人のですよね?」
「うん、ごめんね〜」


店長に渡されたのは向かいの店宛の段ボール。中身はたぶん商品だ。向かいの店はゴシックな洋服の専門店、知香の働く店はナチュラルな洋服が主流だが、看板はゴシックな感じだ。


だから最近変わった宅配の人が間違えたんだろう。知香は早速店長に渡された箱を両手に抱えて店を出た。


向かいの店と言っても行くのには少し時間がかかる。知香の働く店は大きなアパートにある一角のチェーン店だ。


そのため向かいの店といっても通路が繋がっていない。円状に繋がっている通路を少し言った所にある渡り廊下的なものを通らなければならない。


「…ん、結構重いなあ」


渡された瞬間は感じなかった重みがじわじわ腕に来る。無事に向かいの店が見えてきた。あー、なんて言って渡そうかな…なんて考えていると、何やら店の方から少し大きな声が聞こえてきた。


「だーかーらー!赤いのだってば!あ か い の!」
「アカイノ?ヤッパコレデスヨー」
「違う違う!それ青いよ」


少しもめているみたいだったけど、他の店の店員の知香が出しゃばるのもおかしい気がしたのでそちらを見ずに通り過ぎた。


「あの〜、これ、うちの店に誤送されてたんですが…」
「あっ、それ!ありがとうございます!お客さーん!お客さん今届きました!」


知香がレジにいた店員に箱を見せると、急に叫び出した店員。驚いてぽかんとしていると後ろからパタパタと足音が近づいて来た。


「ほら!やっぱりあったんだよ」
「マジカヨー」
「マジかよー、じゃないよまったく」


さっき口論(?)していた店員と思われる人物と呼ばれたお客さんが来たようだ。私はどうしたら良いの、帰って良いのかな?とおどおどしながらレジ横で来た人をみると、


「…あ」


思わず声が出た。それもそのはず
。こちらに歩いて来たお客さんは見覚えのある顔だったのだ。1ヶ月ほど前に知香が貧血で倒れた時、目を覚ますと目の前にあった綺麗な顔。忘れるはずなどなかった。


「あー、良かった良かった!赤じゃないとダメなんだよねー」
「ソレニシテモオキャクサン、幼児用ノドレストハマニアックネ」
「こら!お前は新人だからってそんな事いって許されると思ってんのか!しかもなんで幼女だけ流暢なんだよ」
「あー、平気平気。俺が着るんじゃないよ!最近小さい子がうちに来てさー……」


目をパチパチとさせながら会話する3人を見つめていたら、この間助けてくれた人が知香の存在に気づいたのかゆっくりと目があった。刹那__


「…っああああー!!!」


目を見開き大声をあげてこちらに指をさして来た。まるでお化けでも見たかの様なその反応に知香は少しショックを受ける。


「君!この前倒れてた子だよね!?うわぁあ、こんなとこで会えるなんて!すごい偶然だね!」


知香を見つけた途端テンションが明らかに上がったその人に、店員と知香はぽかんとする。その間もあのあと大丈夫だった?とかもう倒れる事はなくなったの?とかマシンガントークを続けるその人に私が顔を熱くさせ出したくらいに。


「俺、君にまた会えたら言いたい事があったんだよね」


急に真剣な顔になったその人にまた違う意味で店員と知香はぽかんとした。その瞬間に言われた言葉が冒頭のあれである。


「えっ?は!?」


最初に声を発したのは知香でもましてや告白をした人でも無く、店員さんだった。心底驚いた声をあげ目を見開いている。


漸く気がついた知香が男の言った言葉の意味を理解し、かああ、と顔を熱くした。


「う、あ、の、ご、ごめんなさい!!」


わけも分からず取り敢えず今この場所を離れる為に叫んで店を飛び出す。羞恥に耳まで真っ赤に染まり口元に手を当てた。


実は知香は、今まで恋人がいた事がない。告白というものもされた事がない。が、呼び出しの手紙は貰った事はある。


行かなかったのだ。恥ずかしいし、何よりよく知らない人と付き合う気は無くて、一度も呼び出しに応じた事がない。


だからって…始めての告白が1度しかあった事のない人で、人前でだなんて…!


それが自分の店に戻って控え室に駆け込んだ知香がはじめに思ったことだった。









「お疲れ様でした!」


軽く会釈をして蒸し暑い外へとつながるドアを開ける。あの後店長に心配されながらも何とか業務を果たした知香は、帰路に着こうとしていた。


太陽はもうすっかり顔を隠し、建物に囲まれた街は月の光も少ししか届いていない。薄暗いこの道は知香は苦手だった。早く大通りに出よう、と足を早めた。


「あっ!いた!あの、君!」


急に横から聞こえた大きな声に、知香は大袈裟なくらい肩を揺らした。というか軽く跳ねた。


ばくばくと暴れる胸を抑えて、声のした方に視線を向ける。店の周りにある塀の前には昼間も、そして1ヶ月ほど前にも見た綺麗な金髪があった。


その優しい笑顔と雰囲気に、ほっと胸を撫で下ろすも、昼間のこともありどこか警戒した面持ちで男を見やる。


「あ、と、その…今日のお昼はごめんね?いきなりだったし、人前だったし、俺、会えたのが本当嬉しくて」


本当に申し訳なさそうに眉を下げるその人に、悪い人では無いのかな、とからだの力を抜き、向き直った。


「あの、私もろくに返事もせず逃げてしまってすみませんでした」


ぺこり、と謝罪をしながら頭を下げると、いいのいいの!謝らないで、と慌て出すその人に、知香はくすりと笑みを浮かべた。


「あ、でも俺、本気だよ!本当に一目惚れなんだ」


慌てていた様子が一転、真剣な顔でそう言われればまた顔を真っ赤に知香はあわあわと落ち着きを無くした。


「あの、私、その、貴方のことまだなんにも知らないし、その付き合うとかは、考えられないです」


知香がそう返事をすると、その人はにっこりと笑みを浮かべた。


「俺、十束多々良。2月14日生まれの19歳で水瓶座、身長は172cmでAB型。今はしがないバーテンダーのお手伝いをしています。それから趣味は沢山あって今は盆栽にハマってるよ」


突然自己紹介を始めたその人、改め十束を知香は目を見開き見つめる。


「ね、知らないのは俺も同じだよ。時間なんて沢山あるんだからさ、これから知って行けばいいんだよ」


始終優しい笑顔を浮かべて言われた台詞に、恋愛経験はまるでゼロな知香は頷くしかなかった。


「高槻知香、同じく19歳です。えと、身長は156cmでA型。好きなことは本を読むことです、仕事は今はショップの店員をしながら家でイラストのお仕事をしています」


そこまで言ってちら、と十束を見た知香は十束のよろしくね、と出された手を弱々しく握った。





















「どないしたんや十束、えらいご機嫌やな」


ここはBAR HOMRA。さっきから携帯を眺めてにこにことだらしなく笑っていた十束に草薙がそう問う。すると気になっていたのかその場にいたほぼ全員が普通を装いながら聞き耳を立てた。


「うふふ〜、聞いてくれます〜?実は…アドレスを交換ちゃいましたー!!」
「…は?」


全くもって説明の足らない文に草薙は顔をしかめる。


「この前言ってた子ですよ〜、俺が一目惚れしたあの子!今日偶然デパートで会ってね〜」
「ほー、そりゃ良かったやんけ」
「それから、告白もしたよ!振られちゃったけどね!」
「「「「「は!!??」」」」」


耳だけを向けていたメンバーが皆十束を勢いよく見た。




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