突然


日差しが痛いほど照りつける真夏日。こんな日はとても体に負担をかける、特に貧血の人は。


高槻知香は重度の貧血持ちだ。お風呂上りは必ずと言っていいほど立ちくらみが起こる。毎朝飲む鉄分のサプリメントは知香にとっては息をするのと同じくらい大切と言える。


だから、忘れてはいけないのだ。絶対に。


「……っどうしよう」


熱くて顔を赤くする人が大半を占める人通りが多い鎮目町の大通りで、知香は1人顔を真っ青に染めてふらふらと歩く。


この暑い日差しの中、昨日サプリメントを飲み忘れた知香は今にも倒れそうなほど気分が悪い。おまけに仕事に就きたての知香はやる事が多くロクに眠れていないせいで体も悲鳴をあげている。


取り敢えず休める場所に___。


そう考えた知香は人の波を抜けてビルの隙間を抜けて、海が見える誰も通っていない道に出た。


「……はぁ」


息を吐いて抜けて来たビルの壁に手をつく。もう歩くのも辛い。どうしよう、最後にそう思ったところで、知香の意識はブラックアウトした。















十束多々良は、草薙に買い出しを頼まれて外に出向いていた。


本当は八田あたりも一緒に連れてこようかなあと思っていたのだが、なんだかそんな気分になれず1人で来ていた。


ただこの暑い日に人が多いところを通る気にはどこかなれず、人通りが少ない、しかも海の見える広いような細いような車が荷台並んで通れそうなくらいの道を、悠々と歩いていた。


暑いから人通りを避けた道を選んだのだが、結局のところ暑い事に代わりはなく十束としては何処か期待外れだった。


ほんと暑いな〜、と自分の事なのにどこか楽観的に思っていると、十束の視界の隅に何かくたりとした塊が写った。


コンクリートの色と海の青で埋め尽くされたこの道で、白いものはよく目立つ。十束はその塊の方へと歩を進めた。だんだん近づいていくとその塊がどんなものか徐々にわかってきた。


「ってうわっ!人だ!」


十束は塊が人だとわかった瞬間走り出した。もちろんその人の元へ。


海沿いの道のビル側に、白いワンピースを着た長い茶髪の女が倒れていた。艶やかで長い女の髪は細く、乱れている。


女のそばには、女のものと思われる鞄が落ちている。よく目を凝らせば少し黄色っぽく白い鞄は、倒れた拍子に磁石のボタンが空いたのか中身が出て散乱していた。


「あの、大丈夫ですかー?」


意識があるのかと声をかけてみるが返事はない。女の顔は乱れた髪でよく見えないが、かなり蒼白なのは分かる。


地面に寝たままじゃ体が痛いだろうし、取り敢えず座らせた方が良いかな___。


そう考えた十束は女の肩を持ち、倒れていたそばんビルの壁へもたれるように座らせた。


吠舞羅の男にしては軟弱な方の十束はふぅ、と一息はいて散乱していた女の荷物を鞄に詰める。この際綺麗にいれるとかは気にしてられない。


出て行ったものが戻った鞄を手に、十束は女の方を見た。



___その瞬間、時がまるでスローモーションのようになる。


女の顔は整っていた。十束の周りにはその様なものが沢山いるためさして驚きはしないハズ。でも、その女を見た瞬間、十束は確かに胸が高鳴った。


綺麗に閉じられた瞼に規則正しい並ぶ整った長いまつ毛、すぅと通った鼻梁、重力に従って方や腕に流れる髪はさっきまで乱れていたとは思えないほどだ。


「……っん」


女が小さく呻く。その声にハッと意識を取り戻した十束は、慌てて持っていた女の鞄を女のそばに置く。


ゆっくりと目を開いた女は焦点の合わない瞳で十束をとらえる。


「起きた?君、倒れてたけど大丈夫?」


十束はいつものへらへらとした調子でそう尋ねる。内心心臓が爆発しそうなほど高鳴っているが、それを出すほど十束は変態ではない。


「あの…わ、私……その、貧血で…」


女は視界に十束を捉えた瞬間、目を見開きおどおどとしだした。でもまだどこか辛そうな顔をしている。


十束はどこかきょとんとした顔でおどおどしている女を眺めていたが、やがて何かひらめいたのかあっと小さく声をこぼして急に立ち上がった。


「水!喉乾いてない?水買ってくるから、しばらく休んどきなよ」
「えっ、あの…お気遣いな…く…あー」


女が遠慮した言葉を言い終わる前に、十束はきた道を戻りいつも利用する自動販売機を目指して歩いていた。


女が倒れていた場所から少し歩いた曲がり角を曲がった先にある自動販売機。人通りが少ないこの道にあるため、あまり利用されないであろうそれは売り切れなどは滅多に起きたない。


何が良いだろう…と考えた末、塩分もとった方がいいかもしれないと考えてスポーツドリンクを一本買った。またきた道を引き返し女の元へ向かう。


何時もならこの暑い中こんな事をするのは面倒くさいと感じる十束だが、なぜか今回は足取りが軽かった。さっきと同じ場所に女がいるのを確認すると何故か笑みまでこぼれてきた。


「はい!スポーツドリンクだけど…良かった?」
「はいっ、あの…ありがとうございます」
「いーよいーよ、困った時はお互い様!ね?」
「ふふ、はい」


ペットボトルの蓋を開けて渡しながら話しかけると、やっと笑顔を浮かべた女に、十束はホッと胸を撫でる。目を開いた時の蒼白さは、少しだけ取れている気がした。


スポーツドリンクを飲んで一息つくと、女は一人で立ち上がった。


「もう大丈夫なの?」
「はい、仕事もありますし…あの、本当にありがとうございました」


深々と頭を下げる女に、平気平気と笑顔を見せる。


「あの、これ…お礼と言っては何なんですが、その、あとスポーツドリンクのお金も」


そう言った女の手にはスポーツドリンク代と思われる小銭と、小さなハンカチが乗っていた。


「これ、私がこの前作ったものなんで見栄えは良くないかもですけど、今はこれしかなくて…あの」
「良いの?じゃあ、ハンカチだけもらっておくよ」
「えっ?あの…っ!」


十束は手の上のハンカチだけを受け取ると、ケータイで時間を確認した際に草薙からのメールを見て、あっ、と声をこぼすとじゃあ気をつけてね!と言い残し颯爽と買い出しに向かった。





















「ただいま〜」
「十束!お前遅いわ!どこほっつ気歩いとってん」


買い出しを終えBAR HOMRAの扉を開いた瞬間飛んできた怒声を軽く交わして、十束はキングこと周防がいるカウンターの席に座った。


「キング」
「ぁあ?」
「俺、一目惚れしちゃった」
「「「「「「「えぇっ!?」」」」」」」


買い出し中にさっきの事を考えていた結果、あの胸の高鳴りや足取りの軽さは、きっとそういう事なのだという結論に至った。十束は別に惚れやすいというわけでは無い。


「でもさ、名前すら聞いてなかったんだよね…もう会えるかもわからないんだよ」


はぁ、とため息を吐く十束。そんな十束に草薙は、割と真面目な顔をして


「十束、お前頭でも売ったんか?」


そう言った。






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