3.初見




黒いモノ。そこが見えないくらいの闇。本能がここに入ってはいけないと告げる。


足が竦み、尋常じゃない程震える。


「名前様?どうなされたのですか?速くしないと…」


藍林が焦った様に声をかけて来る。切羽詰まってはいるけれど、聞き慣れたその声に少し緊張がほぐれ、何とか歩ける様になった。


硬い足取りで、ゆっくりと玉座の前まで移動する。前には既に、煉紅炎が控えていた。今だにカッコ悪いくらいの震えは止まらない。


煉紅炎の横に立ち、なるべく上を見ないようにした。


「よくぞまいられた。今日の婚姻、喜ばしく思うぞ」


玉座の上の皇帝が重く口を開く。驚いたことに感じていた寒気は皇帝からしない。なら、誰がこの黒いものの持ち主か。


「あ、ありがたきお言葉、恐れ多いです」


震える声を精一杯抑えて、返答する。怯えていると悟られたら付け入られる。取られてしまうと、自戒して。






それから特に変わったことはなく、謁見は終わった。名前は早くそこから出たくて、侍女達を急かすように出口に向かった。そして、出る時に一礼しようと後ろを振り返った。


___だが、それがいけなかった。



名前が振り返った事によって対峙してしまった"その人"の尋常じゃないオーラに、ようやく黒いものの持ち主、正体が分かった。分かってしまった。


しかし、そこで立ち止まっては怪しまれてしまう。名前は再びガクガクと震え出した足を押さえつけ、素早く一礼してその場を後にした。



















_____一体なんなんだここは!


あの後、名前は侍女によって連れられた部屋に入り、そばにあった椅子に腰掛けさっきの事を思い出していた。名前には少しだけだが魔法が使える。国ですてられた時のために小さい時に修行しておいたのだ。


だから、見えてしまった。あの皇帝の隣に鎮座する女の周りに浮かぶ、黒く染まった、禍々しいルフが。


思い出しただけでも身震いがする。女の冷笑。それを取り巻く禍々しいルフ。そして、女の瞳の奥に映る冷たい、冷たい感情に。どの感情かと問われても答えられない。全部。全部なのだ。すべてが混じって、どれでもなくなってしまった冷たい感情。


名前はため息をついて、これからの事を考えた。


ここに来てしまった以上、もう帰る事はできない。ならば、極力目立たない様にしてあの女と、それから練紅炎とも最低限関わらない様にしよう。


名前はこの婚姻に同意はしたが賛成はしていない。ただ拒否権なんてなかった。あの息苦しい城から抜け出したかった。その一心でここまで来た。


「(どうやったら練紅炎とあまり関わらずにここにいれるかな……)」


練紅炎だって第一皇子だ。側近がいてもおかしくはない。だから正妃だとしても政略結婚で結ばれた私より自分が選んだ側近を構うだろう。


でもだからと言ってほったらかしたりはしないだろう。多分私が練紅炎にぞんざいに扱われたと自国に訴えたりするのを面倒くさく思っているはずだ。必要最低限に相手はしてくるはず。


そこまで考えて名前はある一つの考えが浮かび、心の中で1人歓喜した。


「(じゃあ、練紅炎に自分がどんな扱いを受けても自国に訴えたりしない。放っておいてくれと言ったら、そうしてくれるんじゃないか!)」


世の中はそんなに甘く出来ていないと言うのとをこの時の名前はまだ知らない。





















「名前様、お食事、共に婚姻祝いの宴のお時間でございます」


これからの身の置き方を決め、少し疲れた名前がうとうとしていたその時、扉の外から聞こえた藍林のその声に、名前はひどく動揺した。


「あ、あの…藍林?今なんて…?」


なんか、婚姻祝いの宴のお時間が〜って…


「はい、お食事、共に婚姻祝いの宴のお時間でございますと言いましたが…名前様?」


言われて思い出した。そういえばこの部屋にくる時侍女がその様な事を言っていたな、と。あの時の名前は気が動転していて侍女がの話を右から左へ受け流していたのだ。


ああああ、なんて事をしてしまったんだ!


気の弱い名前には、宴は一種の拷問の様なもの。たくさんの人にまるで見世物の様に囲まれ、それだけでも卒倒ものなのに尚且つ微笑み、良いところを見せ、話さないといけないのだ。


だから何時もは宴の前に、ただの気休めではあるが心の準備とやらを長い時間かけて行っていた。それが今はどうだ?その時間なんで一時もない。今すぐ着替えて向かわないと間に合わない。遅れていくなどできるはずがない。


名前は頭を抱えうな垂れたまま、藍林に弱々しい小さな声で分かった、直ぐに着替えようと、そう言った。


ああああ、今日は厄日だ。そうひっそりの胸にしまいながら。








「御結婚おめでとうございます!」「お子の顔が楽しみですな〜!」「名前様は大変見目麗しいご様子ですな〜、紅炎殿が羨ましい!」「どうぞ末長くお幸せに!」


様々な祝いの建前が渦巻く中心で、名前は表向きの笑顔を顔に貼り付け、練紅炎と並び座っていた。いくら宴が苦手とは言え、腐っても第一皇女。どの様にしたら良いかは心得ている。


「皆の者!」


隣で静かに座っていた紅炎のその一言で、辺りが一気に静寂に包まれる。ちなみに名前は急に大きな声をあげた紅炎にビビって小さく肩を挙げてしまい独り顔を赤くしている。


その姿に、紅炎の凛とした声に照れたと思った人は少なくないだろう。


「今宵は我が婚姻祝いの宴に赴いてくれた事、我が妻ととても嬉しく思っている!存分に飲み、楽しんでいかれよ!」


そう言って練紅炎が盃を私の前にかざした。私はそれに目の前におかれた酒を一口で飲めるくらい酌した。練紅炎は無言でそれを高く掲げた。


「「わああああああ!!」」


それを合図に、場は再び盛り上がり、そこはもう無礼講となった。


楽しい宴の、始まりだ。









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