2.来城




「リリアンバル帝国第一皇女、鱗名前様ご到着!」


船を降りた瞬間に広がる今までみた事のない景色。小さく息を飲んでその光景を眺める。ここが、今日から自分の住む国なんだと目に焼き付ける。


もしかしたらここから出る事は無くなるのかもしれないのだと言い聞かせる。


自国とは比にならないほど大きい。


港の方に視線を向けると、迎えに来たであろう練紅炎とその従者であろう者達が待っていた。


名前は顔を隠すように腕を持ち上げ、軽くお辞儀をしながら港に降りた。


「鱗名前殿、よくぞ参られた。歓迎しようぞ」


従者の1人がそういった。見なくてもわかる視線の数々が下げた頭に降り注ぐ。


練紅炎が自国に来た時、名前は遠くから数回眺めたが、見られた事は無かった。故に練紅炎が名前を見たのは今が始めてだ。


「手厚い歓迎、感謝いたします。練紅炎殿もお忙しい中来ていただき光栄に存じます」


藍林がお礼の言葉を述べる


言う事は藍林に任せてある。本来なら名前が話す場なのだけど、はっきり言って無理だ。今でさえ緊張で足が震えてる。着物で隠してあるからバレてはいないだろうけど。


名前は気が強いわけではない。むしろ弱い。人前で話すなど言語両断。出来るはずない。


それに昔から1人でいたせいで話すのは得意ではなかった。いつ変な事を言って練紅炎を怒らせるかわからない。


「では早速城に参りましょう」


従者がそう言った瞬間、馬車が現れた。これで行くのだろう。


どうぞお乗りください、そう言われ名前は恐る恐る馬車に入った。中は思っていたより広い。藍林に視線を向けると、違う馬車に乗り込んでいた。


それを見た途端サッと血の気が失せる。どうして従者である藍林が同じ馬車に乗らないというか練紅炎の従者御一行ですら入ってくる気配がない。


直感的にヤバイ、と感じた。良く考えればわかったことだ。いくら口数が少ないとはいえ、嫁ぎに来た名前に声をかけない訳がない。


もちろん練紅炎がだ。


となればこの馬車に乗るのは名前と練紅炎ということになる。


結論が出た途端に青かった顔はさらに血の気が失せた。


名前はたくさんの人がいたさっきだって藍林に話させるほど緊張していた。それなのに2人きりだなんて、ましてや相手は練紅炎だ。そんな状況で上手く話せるわけがない。


_____バタン


扉の音がなった。練紅炎が入ってきたのだろう。


ギギ、と錆びた鉄が擦れ合う音がしそうなほどカクカクと、ゆっくり振り向く。


嗚呼、神様。私の人生今日で終わる気がします。


そこにはもちろん、練紅炎が無表情、いや名前から見れば地を這うような冷たい顔で立っていた。













練紅炎が入ってきて間も無く、馬車がゆっくりと動き出した。


練紅炎は何も言わない。名前が話し出すのを待っているのだろうか。


これが世にいう「沈黙」なるものか、などと心の中で独りごちる。このまま話さずに城に着いてと祈った。




耳が痛くなるような沈黙の中、名前と練紅炎はお互い探り合うように見ていた。と言っても名前は緊張で見られなくて、中にある鏡ごしだった。


名前は始終体が強張って、冷や汗をダラダラ流していた。


何時になったら着くんだろうとか、練紅炎ほんと怖いとかそんな逃げ腰なことばかり考えていた。














でもそんな名前の考えは杞憂に終わったようで、結局何も話さず馬車は城に着いた。


拍子抜けだ。思っていたより私は練紅炎と関わらないで過ごせるのかもしれない。そうった名前は思わず顔がにやけた。


馬車を降りると、すぐに藍林が心配そうな顔をして駆け寄ってきた。


「ひ、姫さま…何もされませんでしたか…!?同じ馬車に乗ろうとすると従者の方々に止められて…あの…私」


おろおろしつつそう必死に訴えてくる藍林。別に名前は怒ってなんかない。


「あ、藍林顔を上げて?怒ってなんてないから、ね?何もされなかったし、会話すらなかったの」


そういうと、パアッと顔を明るくして安堵する。藍林は可愛いなと名前は微笑んだ。さて、これからはきっと皇帝のところに行って挨拶をしないといけないんだろう。


はっきりいってすごく怖い。でもそこをしのげばこれからはひっそりと過ごせるとそう決めつけて、名前は自分を叱咤した。













「姫さま、お綺麗ですよ」
「ありがとうございます…」


城に入り、すぐ皇帝のところに行くのかと思っていたら、侍女らしき人達に連れられまるで着せ替え人形の様に服を変えられた。


どうやら自国の服はここには不釣り合いらしい。始めて着物、というものをきた。何だか布が複雑に絡まって居て着にくいな、と思った。


藍林は着方を覚えるべく、まじまじと布の形や重なり方を見つめていた。これからはこんな服を着るのかな、と思うと少しめんどくさい気もしてきた。


着替えを終え、侍女の後に続いて歩く。ここからは失敗は許されない。万が一にでも皇帝陛下のお気を損ねる様な事をしたら、名前の首も、自国の安全もあっけなく散るだろう。


冷や汗が背中を伝う。長い廊下が、地獄につながる道の様な感じがしてきた。


沢山ある扉の中でも、一際目立つ。きらびやかな扉の前で、名前たちは待たされる。




「鱗名前殿!入られよ!」


暫くしてその声と共にとびらがゆっくりと開き出す。深呼吸ひとつ。






_______その瞬間、黒い、黒いモノに包まれて、私は動けなくなった。


















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