11.誘因




煌帝国に来て6日が過ぎた。名前は部屋の中で昨日の婚儀の様子を思い出していた。


煌帝国での婚儀は、名前の国でのものとまるで違っていた。城の者全てが一部屋に収まり、ずらりと並んだ人の中心で夫となる人と盃を交わす。


朝、侍女から言われた形式的な行為を淡々と済まし外へ出ると、下に広がるのは全国民と言われても納得してしまいそうな数の人の群れ。


小心者の名前がそれを見て、足を震わせたのは言わずもがな、煌帝国の服は隠すのに便利だとここ数日で何度も実感した。


そして名前が婚儀中、ずっと感じていたのは言いようのない恐ろしさ。それは、近くで笑顔を貼り付けたままこちらを見る練玉艶と、横に並列する黒い服の集団からくるものだった。


それでも滞りなく行われた婚儀が終わり、また宴が始まった。宴が始まる頃には、ずっと張っていた緊張と、何度も行われる服の着せ替えに名前の体力は底に付きそうだった。


ただ社交辞令で交わされる挨拶を、紅炎の隣で対処する。そんな事が延々と続いた。この間名前に突っかかって来た紅覇は、相変わらず鋭い目つきで名前を見ていたが、何もしてこなかった。


後少しで宴が終わる頃話しかけて来た玉艶は、纏ったルフに似合わず穏やかだった。それでも名前は話している間ずっと、底冷えする様な感覚が拭えなかった。


「……ま、……様、名前様」


物思いにふけって居た名前の耳に、自分を呼ぶ声が入ってきた。ハッ、と意識を戻し声のした方へ振り返ると、5日ぶりの従者藍林の姿がある。


最後に見た時着て居た自国の服ではなく、煌帝国の侍女服を少し痩せた身体にきっちり着こなしていた。


「……藍林!」
「名前様!私、すみません! 急に呼びたされたと思ったらずっとこの国の作法やらなんやらを叩き込まれて、ろくに部屋から出れなくて…! 名前様のお側を離れるだなんて本当に……!」


名前が名を呼ぶと、顔を悲しみに染め、必死に謝ってきた。そんな事まるで気にしていなかった名前は、驚きぽかんとした。


紅炎に煌帝国の教育を受けさせていると聞いてはいたが、まさかそんなものだとは思ってもみなかった。


「藍林は……、藍林は大丈夫ですか?」


名前がそう口にすると、藍林は目を見開き涙を流した。再びぎょっとした名前は、何故藍林が泣き出したのかわからず、文字通りあたふたとした。


「私は、大丈夫で御座います……!」


えぐえぐと涙を袖で拭いながら藍林は言う。名前は、藍林がどうしてないているのかまるで分からなかった。


どうして良いかわからず、あたふたしている名前を見て藍林は、嬉しいのですと話した。


「名前様の方が辛い想いをしている筈なのに……!私のことを心配してくださる事が、嬉しいのです」


そう口にし、静かに泣く藍林の側に名前は寄った。体に触れると、じんわりと暖かさが伝わってくる。


「大丈夫ですよ。私はもともと1人で来るつもりでしたから」


震える藍林の肩を優しく叩く。ほぼ徹夜で侍女のイロハを教わって、昨日やっと名前付きに戻れたのだと藍林は話した。


寝起きする部屋は違えど、名前のストレスを考えてこれからは名前の身の回りの世話は藍林がするらしい。


漸く泣き止んだ藍林とお茶でも飲もうかとした時、来客を告げるノックの音が響いた。


藍林が持っていた湯呑みを机に置き、扉をゆっくり開く。すると、現れたのは紅炎と同じ紅髮を綺麗に流した紅覇だった。


後ろには従者と思われる付き人を2人従えて、無表情でこちらを見据えていた。


扉を開いたのが名前じゃないとわかると、紅覇は訝しげな顔をして部屋を覗く。藍林の静止の声も聞かず、ずかずかと室内に入ってきた。


「あっ、なんだ居るんじゃん。ねぇお前、僕はお前に会いに来たんだよ」


部屋に入り、きょろきょろし出したかと思うと、ぽかんとした顔で座っている名前を見つけた途端そう言った。


「ぇ……ぅ、わ、私、ですか…?」
「お前以外に誰が居るわけ?さっきからそう言ってるじゃん」


宴のこともあり、怯える名前をよそに紅覇は名前の隣の席にドカンと座った。その瞬間、後ろに控えていた従者の2人が精密な細工が施されたティーカップを名前と紅覇の前に並べ、素早くその中に紅茶を注いだ。


今だ状況がよく理解出来ていない名前は、その様子をただぼうっと眺めていた。扉の前にいた藍林は、紅覇が皇子であるためなにも言えず、名前の側でその様子を見守っていた。


「僕ね、謝りに来たんだ」


紅茶を一口飲んだ紅覇が、おもむろにそう口にした。初日と昨日での態度とまるで違ったその物言いに、名前は困惑する。


紅覇はそんな名前の困惑など気にした様子もなく、話を進めて行く。


「僕さ〜、炎にぃに妃がつくのは別に良かったんだけどさ、君、あの国のお荷物だったでしょ?そんな押し付けられたみたいな結婚は炎にぃへの侮辱だと思ってたんだよね〜」


ズバズバとした言葉に、名前は返す言葉も見つからず、ただ俯いて声を受け止めた。紅覇の言って居ることは間違っていない。少なくとも名前はそう思った。


「今でもその考えは間違ってないと思ってるんだけど〜、さっきジュダル君に会ったら酷く君のことを気に入ってるときた。あのジュダル君が気にいるって事はお前には特別な何かがあるってことでしょ?」


突然出て来たジュダル、という名前に僅かに肩を揺らせば、紅覇はにぃっと笑みを浮かべ名前の顔を覗き込む。


「僕はそれが知りたいんだよね!よく考えるとあの炎にぃが何もないお前を正妃にするわけ無いんだよ〜。今日は話と見た目だけで判断した謝罪と、お前の話を聞きに来たってわけ」


覗きこまれるのから逃れるため、紅茶に手を出す。紅覇の言う特別な何か、そんなもの名前にはよく分からなかった。


ずっと妾の子として扱われ、お前は皇女の中で1番いらない存在なのだと暗に言われ続けて来た自分に、何かあるとは思えなかった。


そんな事をぐるぐると考えながら紅茶を啜っていると、ふと見えた紅覇の従者が、2人とも何処かに包帯を巻いて居る事に気がついた。


怪我、にしては札も貼っており異質なそれ。目が離せなかった。


「……それはね、この子達が魔導の力と引き換えに醜くなった部分を隠しているんだ」


あんまりにも見過ぎたのだろうか。紅覇が名前を見てそう説明した。


「……魔導の、力」


紅覇の話を聞いて、名前が呟く。この時名前の頭を占めていたのはジュダルの言葉だった。


"今のお前じゃダンジョン攻略なんて絶対無理だけどさ。魔法さえ勉強したらお前の魔力なら何とかなんだろ"


もし、もしこの言葉が本当なら私は必要とされるだろうか……?ずっと無かった自分の存在意義が、出来るのだろうか……。


愛を知らない名前に、それはとても甘い誘惑だった。名前は、まだ思考が上手く纏まって無いまま口を開いた。


「あの、紅覇様……私に、魔法を教えて下さいませんか」


名前の言葉を聞いて、訝しげな顔をした紅覇だが、すぐにジュダルの気に入った訳を察し、笑みを深めた。









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