8.逃走




名前は着いて行くと聞かない侍女を制して、1人お城の散策をしていた。まだきたばかりで見慣れない景色が新鮮だ。


紅炎が業務に出てからそういえば風呂に入ってない…と焦ったもののあんな事をしたにしてはさっぱりした体と風呂に入ってないならベタベタになるはずの髪は何時もどうりの手触りで意識のない間に入っていた事を物語っていた。





皇帝への挨拶の場で感じた黒いもののせいで、ここは淀んだ空気でどこか隔離された場所なのだろうかと思っていたのはまるで検討はずれだった。


しっかり掃除の行き届いた城内は人にすれ違わない限り居心地が良く、中庭は光がさして草木が輝いていた。


植物の好きな名前は見つけたひとつの中庭にゆっくりと入って行った。大きな木を中心に暖かい空気が心地いい。


適当なところで座り込み、ずっと歩いていた足を労う。ほわほわとした心地よい雰囲気に段々と眠気がやってきた。


「おい!お前紅炎の妃になったやつだろ!」


もうここで寝てしまおうか…いやダメだと心うちで葛藤していたその瞬間、上から降ってきた大きな声に肩を揺らし目を見開く。


バッと上をみるけど誰もいない。聞き間違い…ではないはずだ。暫くきょろきょろしてやっぱりいないと首をかしげた直後、こっちだよ!と木の方から声が上がった。


「っあ…!!」


急いでそちらに目を向け、声の出処を確認した途端、急に背筋が凍る。身体中を緊張感が包む。



また黒い。髪も、身に纏う服も、そしてルフも…。


名前は急いで身を引き、警戒しながらそちらを見やる。その反応に黒い人は一瞬きょとんとした顔をするが、次第に何か気づいたようで笑みを深めゆっくりと木から降りてきた。


名前は黒い人が一歩、また一歩と近づくたびに後ずさるようにして一定の距離を保つ。目はそらさない様にしっかりと相手を見据えて。


内心逃げ出したい気持ちで一杯だったが、もし逃げ出して捕まれば酷い目に合うかもしれないという恐怖で自身を奮い立たせていた。


だから足は可笑しいくらいにガクガクと震えていたが、煌帝国の着物のおかげで相手には気づかれていないようだ。


「お前、もしかしてこのルフが見えんのかぁ?」


にたにたとだらしない顔で見やってくるその人に、正直に答えるべきか否かと思案する。答えない名前を見て、その人はより一層笑みを深めて一気に距離を詰めてきた。一瞬、たった一瞬で気づけば鼻と鼻がくっつきそうな程の距離になっていた。


「まぁ、その反応じゃ見えてんだろ〜けど?なぁ、お前魔導士なわけ?」


警戒している名前の様子など御構い無しにその人は質問を投げかける。


「っ、あ、あの、ぅ、どちら様でしょうか…!」


しどろもどろにそう言い肩を押すとあっさりと離れたその人に名前は呆気にとられる。ぽかんとした顔でそちらを見やると、その人もぽかんとした顔をしていた。


「…はあ〜〜っ!!??お前!俺を知らないのか!?俺はこの国の神官、ジュダルだ!」


大袈裟に身振り手振りでそう名乗るその黒い人…改めジュダルの言葉を聞き、名前はさっ、と顔を青くした。確かに資料でそのような人が居るとは知っていたが如何せんその資料には顔が乗っていなかったためこんなに若い方だとは思わなかった。


名前はそんな偉い方だと気づかずに警戒心むき出して無礼を働いていたのだ。


「…っ、すみませんでした!あのっ、私…」
「別にいーよ、それよりさ、答えろよ…質問」


さっきまで心底驚いたというような顔をしていたジュダルだか、一瞬でどうでもいいと言わんばかりの態度に変わり、再び黒い笑みを浮かべて名前へと詰め寄る。


そこまできて、名前は資料のとある文章を思い出した。『非常に戦争を好み、争いごとには目がない、戦えそうな者を好む』


これはヤバイと瞬時に理解した。もしここで魔法が使えるなどと言って攻撃をしかけられたらたまったものではない。


でも、へたに嘘をついて怒らせてしまってもたまったものではない。


「もし、もし私が魔導士だったとしたら…どうしますか…?」


ジュダルは更ににっ、と口角を上げ、ゆっくりと名前から顔を離した。


「そーだなー?どれ位強いのか確かめるか?まぁ、お前みるからに弱そーだけどな!」


急に無邪気な笑顔に切り替え黒い人、改めジュダルはそう言った。どこか顔に似つかわしくないその言葉に名前はさらに身を縮こませた。


「ぁ…の、わ、私、魔導士では無いです…!」


確かめる、などと恐ろしい事を聞かされて私魔導士です、と自ら殺されに行く人などいないだろう。その上名前は魔導士といってもほんの少し魔法が使えるだけ。


一国の神官ともあろう人に敵うはずもない事は目に見えている。もちろんジュダルには名前のそんな嘘は通用するはずもない。


これは名前の一か八かの賭けなのだ。正直に言って攻撃されるか、嘘を言って見逃してもらうか。名前は後者にかけた。


後者には、嘘をついたことにジュダルが怒る、というリスクもついてくるわけだが藁にもすがる思いで賭けたのだ。


「…ふーん、お前魔導士じゃねーのかよ?」
「は、はい」


ジュダルは再び顔を名前にぐぐっと引き寄せ瞳を覗き込む。そんなジュダルにあわあわと目を彷徨わせる名前。


「じゃあなん「あらジュダルちゃん!そんなところで何をしているの〜?」


急にジュダルの声にかぶさるように聞こえて来た高い声。それにジュダルは一気に眉を寄せた。邪魔されたことが心底気に入らなかったらしい。


「なんだよババア!今いい所なんだから邪魔すんなよ!」
「な、何ですって!?そんな言い方ないじゃ無い!!」


見ればそれはそれは可愛らしい女の子が1人、大きな目をこれでもかと吊り上げてジュダルをを睨んでいた。


名前はどうしようかと目をしばたたかせた。が、これは逃げるチャンスなのではと後ろを振り返り女の子と絶賛喧嘩中のジュダルを見て思った。


思い立ったが吉日。名前はそろり、そろりと足を動かしジュダルから距離を取ると、一目散に自室へとかけて行った。


廊下の角を曲がった瞬間、居なくなった!お前のせいだぞババア!きー!!などと怒号が聞こえたが取り敢えず止まれば終わると、名前は足をひたすら動かした。








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