7.支度




名前は夢を見た。暗い暗い何も見えない場所で一人ぼっち。助けても、此処から出しても言っちゃいけない。でも怖いと、出たいと思っている。冷たい空気が肌を刺して痛い。


そんな時、一つの小さな光が見えた。それを見つけた名前はそこに向かって目一杯腕を伸ばす。それがどんな光でも良い、ここから出られるなら何でもいいと、そう思ったから。


私は抜け出したかったんだ…


「……ん」


重たいまぶたをあげる。一瞬真っ白な光が視界をいっぱいに見たしたかと思えば、慣れた瞳が目の前の光景を映し出す。見慣れないベットの天蓋に小さく声を零す。


「……っ、あ」


ああ、そうだった。此処は煌帝国だ。それでいて紅炎様の部屋。私は昨日宴で泣いてしまって、そしたら紅炎様が……


名前はまだ覚醒しきっていない朦朧とした頭で昨日の事を思い出した。そこで自分の喉がひどく乾いている事に気づいた。ひりひりして声が出しにくい。


取り敢えず何か飲もうと思った名前はゆっくり起き上がろうと__


「…っん!?」


したのだが腰に走った激しい痛みと独特の倦怠感、それから腰に回る不自然な締め付けに再び寝台へと倒れて行った。


名前はまさかと思い不自然な締め付けに恐る恐る目を向けた。案の定そこには眠っている紅炎とその腕が腰に回って居た。


何で…と名前はそう思った。これではまるで本当の夫婦の様だと。所詮名前と紅炎は政略結婚で、そこに愛はない。昨日の情事だって紅炎の性欲処理のもののばず。それなのに寝ているのに名前を離さない何て……


名前は紅炎を起こさない様に痛む腰を抑えて寝台から、紅炎の腕から抜け出した。寝台の周りに散らばる服を慣れない手つきでぎこちなく羽織り、寝室を出る。


無理やり行為を進められた事に文句は言わない。元々嫁ぐとはそういう事なのだ。ただ考えが至らなかっただけ。でも流石に紅炎が怖いと思わないなんて出来なかった。


寝室を出ると書斎があって、机の上にまるで今朝誰かがおいて行ったかの様な冷えた水差しがあった。名前はそれをみた瞬間乾いた喉が音を鳴らした。ゆっくりと水を湯飲みに入れ飲み干す。


乾いた喉に冷たい水が気持ちよかった。ふと窓の外をみると朝日が顔を出す瞬間で、山際が明るく輝いていた。名前はそっと窓に近づきそれを眺めた。


「紅炎様、紅炎様、起きていらっしゃいますか?」


突然ドアの向こうから聞こえて来た侍女のものらしき声に肩を揺らす。名前はバッとドアを振り返り何か返事をしないとと慌てた。


「あっ、あの…紅炎様はまだ「起きている」


名前が紅炎はまだ寝ていると伝えようと口を開き言葉を発し始めた瞬間、肩を引かれ程なくして紅炎の胸板に包まれる様にして抱きしめられた。


急に現れた紅炎に、いきなり抱きしめられた事に驚いた名前はひゅっと小さく息を引き込み目を見開いた。


「…っ紅炎様!お、起きて」
「今起きた」
「そ、そうですか…おはようございます、あの、侍女の方が参られてます」
「知っている」


名前は出来るだけ冷静に話す。紅炎の顔は抱きしめられているせいで見えないが今はそれが都合が良かった。昨日のことを嫌でも思い出してしまうからだ。


「紅炎様、名前様の身支度をお手伝いするために参りました」
「その必要はない。俺がやる」
「ですが…!」
「…お前は違う仕事をしろ」
「…っ畏まりました」



紅炎と侍女の会話をどこか傍観して聞く。だが1点、聞き逃せない言葉が聞こえた。


…俺がやる?


「こっ、紅炎様!?今…今何と」
「お前の身支度は俺がやる」
「な、な…!?」


何を言ってるんだ…!?名前は混乱していた。何故紅炎様に身支度をしてもらうことになった!?そもそも何でそんなことしようと思ったんだ!?まるでわからない。

名前はそう思考回路をぐるぐると回していたら、無言を肯定ととった紅炎が名前を素早く抱き上げ先ほどまでいた寝室へと歩き出した。


脇に手をいれて持ち上げられているせいでぷらんぷらんとした状態の名前はこの状況に昨夜のことを思い出して身震いした。顔がまただんだんと青ざめて行く。


今度はゆっくりと寝台に降ろされ、紅炎は寝台の隣にある衣装棚から落ち着いたうす紫や白をあしらった衣装を取り出した。


「紅炎様!わ、私は一人でも大丈夫です!だか「そんなに震えているのにか」


こちらに背を向け衣装に合う帯を探している紅炎にそう言うと間髪入れずに返って来た声。それを聞いた名前はハッとして自分の手を見る。確かにかたかたと震えてこれであの複雑な帯を結ぶのは出来そうにない。


「…っ!」
「気づいていなかったのか…起きた時からずっと震えていたぞ」
「…っ起きてたのですか…!?」


自分で気づかなかったようだが、名前はかなりのショックを受けていたようだ。ただあの窮屈で、暗い部屋から抜け出したかったから受けた婚儀で、いつもなら絶対にない醜態をさらす事態、突然奪われた始めて。一日で体験するには少しばかり大きかった。


名前はもともと気が強いわけではないので、そんな事が短時間で身に降りかかって普通でいられるわけはなかった。それでも名前は引かなかった。


「だ、大丈夫です…!藍林がもう時期くる頃ですし…」
「それはない」
「っ何故ですか」
「お前の連れてきた侍女は今うちの侍女に教育を任せてある。ここの風習に慣れてないうちにうろつかれては困るから」
「…そんな」


頼みの綱の藍林までもを失い、名前はもうどう使用もない状況にあった。それでもめげずに対策を考えようとうつむいた時、衣装を出し終わった紅炎が近づいてきた。


「紅炎様っ!本当に1人で大丈夫です」


最後に駄目元でそう言った名前。紅炎は近づいていた足を止め、眉を寄せて数秒名前を見つめた。それから座っている名前の横に衣装を置き、名前の顎を掴み上を向かせる。今だかたかたと少し震えている名前は脅えた目を紅炎から逸らした。


「名前、お前のそれは強がっているだけだ。このまま俺が名前の身支度をしなくて困るのは名前だと思うが?」


…じゃあ侍女を呼び戻してくれ!とは思っていても言えなかった。紅炎が言い出したら止められないという事をこれまでの事で名前は嫌という程わかった。


「分かりました…でも、これを羽織るところまでは流石に私でも出来ます…後ろを、向いていてくれませんか?」


観念した名前を一瞥した紅炎が後ろを向いた事を確認して夜着を脱ぎ出した。暫くしてここからは分からないところまで着た名前は紅炎を呼んだ。


紅炎は無言で帯を持ち、眈々と名前を着飾って行く。名前はそんな紅炎を色のない目で見つめていた。


私は、ここで婚儀さえ済ませたら後は放って置いてくれるだろうと思っていた。それでひっそりと生きて死んで行くのだろうと。


「どうして、放って置いてくれないんですか…?」


小さいが確実に届いたはずのその言葉は、誰に返される事もなく消えて行った。









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