変化していく日常 [ 3/45 ]
最近、セブルスの様子がおかしい。
そう思い始めたのは4年に上がって1週間が経った頃からだったような気がする。
「セブルス、一緒に大広間いこう?」
「用がある。先に行っててくれ」
「セブルス、一緒に組もう?」
「今日は別の奴と組む。他の奴と組んでくれ」
「セブ…、」
「これからやらなきゃいけないことがある。…すまない」
10回誘って10回断られるわけじゃないけど、10回中6回はこんな風に断られる。
今までは声なんてかけなくても大体は一緒に行動してたのに…。
さっきも、リリー誘ってお茶会でもしようと誘ったけれど他に用事があるという決まり文句で断られてしまった。
「はあーあ…」
ポチャン、ポチャン。
湖の畔にしゃがみ込み、その水面に向かって石を投げ続けてどのくらい経っただろうか。
背後から足音が聞こえて、ピタリと止まった。
そしてそのまま視界を覆われて『へっ』と変な声が漏れる。
「だあれだ?」
そう問いかけられて、わたしの目を塞いでいるその人の手にそっと触れた。
冷たい、とても人の手とは思えないほどの冷たさ。声も聞いたことのない声で。
男の人なのは分かるけど、一体誰だろう…。
しばらく頭を捻っていれば、クスリと小さく笑う声が聴こえた。
「僕のことを知らない人に誰だと問うのは間違ってたね」
その言葉と共に視界が戻り、わたしはバッと後ろを振り返る。
交じり合ったのは、わたしと同じ真っ赤な双眼。
わたしの瞳もこれほどまでに赤いものなのかと、ヒュッと息を呑んでしまった。
スリザリンカラーの制服に身を包んだ彼は、その端正な顔に笑みを浮かべてわたしを見下ろしている。
「誰、ですか?」
「君が知っているけど知らない人」
謎かけのような答えに、思わず眉間にシワを寄せると彼はまた口角を上げた。
「僕の日記、持ってない?」
「日記…?…あ!」
夏の休暇に入る前に、まさにこの場所で拾った本を思い出す。
「…トム・リドル、さん?」
「正解」
持ち主を探し出して返そうと思っていたのに、その存在をすっかり忘れてしまっていた。
でも多分、わたしの部屋のどこかに置いてあるはず。
立ち上がっても尚見上げなければいけない高身長の彼。
先輩、なのかな。
「ごめんなさい!ここで拾って、返そうと思ってたんですけど忘れちゃってました…」
「いや。君が長いこと持っていてくれたおかげで、今の僕がある」
「?それってどういう、」
紡ごうとした言葉は、わたしの唇に触れた彼の人差し指に阻止された。
「君の魔力は素晴らしい。あいつが欲しがるのも分かる…。そして何よりその眼…」
「…眼?」
「こうして君に触れてる間にもどんどん僕の中に魔力が注がれてくる。ああ、確かに君には僕の隣が相応しい…」
恍惚な表情でうっとりと言葉を紡ぎ出す彼に、さすがのわたしも身の危険を感じる。
何より、この人の生気のない肌の色と冷たさが更に不安を駆りたてて。
とりあえず彼から離れなければ、と距離をとろうとするもグイッと腰を引かれて先程よりも密着させられてしまった。
「な、ちょっ…と!」
「君さえ手に入れれば僕は…あいつは、」
「―…スズネ!」
響いたのは、聞き間違うわけがないセブルスの声。
それが聴こえると同時に目の前の彼の舌打ちも聞こえた。
彼の肩越しに、セブルスが走ってくる姿が見えて思わず手を伸ばす。
「またね、スズネ。僕は必ず君を手に入れる」
「…え、」
耳元でそう囁かれたかと思えば、わたしの身体は支えを無くしてフッと地面に膝をついた。
キョロキョロと周りを見渡しても、どこにもあの赤い瞳の彼はいない。
一体、どこへ消えてしまったんだろう…。
「スズネ、!」
「…セブルス」
わたしの名前を呼ぶセブルスの声をすごく久しぶりに聞いたような気がして、鼻の奥がツンとする。
「大丈夫か…?さっきの奴は、」
「分かんない。いきなり消えちゃった…」
「…そうか」
「なんか久しぶりな気がする。セブルスとちゃんと話すの」
わたしの背中にそっと触れるセブルスの体温が、暖かくて心地よくてさっきの人とは正反対で。
あの人は、本当に『生きている人』だったのだろうか。
突然消えてしまったし意味の分からないことも言ってた。
「あー…スズネ。今まで避けてて悪かった…」
「…やっぱり避けてたんだ。わたし、何かした?」
「してない!僕自身の問題だ。…ただ、別で用事があるのは本当なんだ」
「そっか。嫌われたのかと思ったよ…!」
「悪かった。…大広間行く、か?」
「うん!」
セブルスの手を握ると、ビクッと驚いたように肩を跳ねさせてたけど振り払われなかった。
それが嬉しくて、思わず顔をにやけさせればセブルスは呆れたように溜め息を吐いたあとに少しだけ笑う。
「……っ!」
その笑みに、ドキンと胸がはねた。
さっきの、トム・リドルに微笑まれた時はなんとも思わなかったのに…それがセブルスだとどうしてこうなるんだろう。
ギュッと胸のあたりに手を添えれば、ドキドキと鼓動が速いのが分かる。
…後で、リリーに相談してみよう。
ふう、と小さく息を吐いて落ち着かせて、それから何気なく後ろを振り返ってみた。
「…変な人だったな」
湖の近くには誰の姿もなく、人の気配さえないように思える。
『僕は必ず君を手に入れる』
そう言ったトム・リドルの瞳は毒々しいほどに赤黒くギラついていた。
赤い瞳、黒髪、スリザリン生。
わたしとの共通点が多い彼は、何者だったんだろう。
(不穏な足音)
[*prev] [next#]