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痛いきっかけ [ 14/45 ]



溜め息をついて空になった湯呑にお茶を注ごうとすると、大きめの急須の中身はなくなっていた。


「あれ、これ何杯目?」
「8杯目だよ」
「…リドル」


こうやっていきなりフッと現れるリドルに慣れてきたわたしは、驚くこともせずに彼の名前を呼ぶ。

どうやってわたしの部屋に入ってきてるのか知らないけど、これじゃプライベートも何もないじゃん…。
鍵かけても意味ないしなあ、と増える悩みの種に頭を捻らせればリドルはわたしの向かいに座って頬杖をついた。


「何で悩んでるか当ててやろうか?」
「…当てなくていい。それよりリドル、聞きたいことがあるんだけど」
「何だい?」
「好きって気持ちには色々な感情があるんだって。リドルには分かる?」


コツコツとテーブルを弾く彼の人差し指がピタリと止まる。

そのことに気が付いて何か余計なことを聞いてしまったかもと焦ってリドルを見れば、何の感情も読み取れない無表情がそこにあった。


「そんな、」
「…え?」
「くだらないことで悩んでたのか、君は」
「くだらないって…!」


人が真剣に悩んでることなのに、とキッとリドルを睨むと彼の無表情にニヤリとした笑みが浮びはじめた。


「僕に聞くのは間違ってる。僕は誰かを好きだと思ったことなど一度もないからね」
「…恋人とか友達とか、家族とかは?」
「恋人はいたよ、このルックスだしそりゃモテたからね。だが別に好きで付き合ってたわけじゃない。友人のような者はいたにはいたが、好きという感情など持ったことはない」
「は、はあ…」
「それと、」


清々しいほどのナルシストであるリドルの発言や『好きで付き合ってたわけじゃない』『友人のような者』、そんな彼の言葉が引っ掛かる。

突っ込みたいことはあったけれど、まだ続きそうなリドルの話にとりあえずは耳を傾ける。


「家族、そんなもの僕には存在しない。必要もない」
「…リドルには家族がいないってこと?」
「親の顔など直接この目で見たことはない。…ああ、アレは僕の父だったようだがとんでもないクズ野郎でね。顔を見たら尚更憎くて仕方なくて、」


思わず手が滑って殺してしまったな。
クツクツと愉しげに喉で嗤いながら、リドルはそう言った。

父親を、殺した。
その言葉が冗談なのか本当なのか確かめたいと思うのに、あまりにも衝撃的なそれに驚いて声が出てくれない。

これがもし本当のことだとしたら、何故。
目の前のリドルはあんなにも可笑しそうに笑っていられる?


「話が脱線してしまったね。まあ、こういう理由で僕に恋だの愛だのそういうことを聞くのは間違ってるのが分かっただろ?」
「…分かった。リドルにはもう聞かない」


リドルの狂気にも似た雰囲気に中てられて、気分が悪くなる。
誰かを殺したなんて冗談でも質が悪いし、それが本当なら尚更…。

リドルにも事情があったのかもしれない、自分の父親に手をかけるほどの何かが。
だけど今それを聞けるほどの勇気はなかった。


「プロテゴ」
「…っ、スズネ…なにを」
「今日は、なんかあんまり体調も良くないし魔力吸い取るの禁止!」


杖を振って防御魔法を唱えると、わたしの身体の周りに青白い靄が纏わりついて消える。

魔力が強いメリットとしては、呪文の効力を何倍にも高めることができるところ。
今わたしが自分にかけたプロテゴもただの防御魔法じゃなくて、外からの魔法や魔力に関するすべてを弾いてくれるものだ。

これは、アルバスとの特訓の中で色んな呪文を試してみた結果分かったこと。


「僕が怖い?スズネ」


魔力の供給先がなくなったリドルの身体がだんだんと透けていく中で、そんなことを聞いてくる。

リドルの表情からはもちろん何の感情も読み取れない。


「…誰かを殺したなんて笑いながら言ってたら怖いよそりゃ」
「はは、それもそうか」


リドルは笑い、それからわたしに手を伸ばしてくるけどその手が触れる前に彼の姿は目の前から消えた。

はあ、と大きな溜め息を吐いてからこんがらがった思考を本題に戻す。

とりあえず、このことについて分かりそうな人に聞いてみるのもいいかもしれない。
そう考えて一番最初に頭に浮かんだ人物を探すために、わたしは部屋を後にした。



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