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彼の思慕




早く、早く、早く。
カヤと離れて戻ってきたあの日から、僕は極度の焦燥感に苛まれていた。

再び会う方法を自分なりに調べ倒して、禁書の棚の本もほとんど読み漁ったのに。
そのどれもが学生である身の僕にはまだ試せそうにもないことで、いっそのことホグワーツを退学してしまおうかとも考えた。
しかしそれは最善と言えるわけでもなく、僕にとってのデメリットが多すぎた故にその考えは早々に捨てた。

ダンブルドアの目が光っている中、イケナイ事をして僕に対しての疑いとやらがこれ以上深まっても面倒だ。
どうしたものか、と図書室のいつもの席で頭を捻らせていれば視界の端でカタリと目の前の椅子が動く。


「やあ、トム」
「…またか」
「露骨に嫌そうな顔をしないでほしいね。君のことはまだ完全には諦めていないけれど、今日は違うんだ」


いつも揺らしている銀の長髪は高い位置で結われており、一瞬女かと思った。
僕には到底及ばないが、アブラクサスも相当顔が良い方だ。今のこいつは女装しているようにも見える。

ふ、と小さく笑いを零せばアブラクサスが面食らって僕を見ていた。


「…トム、君がそんな風に笑えるようになったのは一体誰の所為なんだい?」


誰のおかげ、ではなく誰の所為だと言うこいつはやはりまだ僕の考えが変わったことを良く思っていないんだろう。

遠回りでも間接的でも。
被害妄想だと言われてもおかしくないが、カヤを貶されたような気がして不快に思った。
僕を変えたのは、紛れもなくカヤなのだから。


「わざわざそんなくだらない話をしにきたのか?僕は暇じゃない。話し相手が欲しいだけなら他にいくらでもいるだろう」
「−…カヤ、という人が」
「気安く呼ぶな」


スッと胸に静かな怒りが灯った。
カヤを知りもしない男が彼女の名前を呼ぶことに、嫌悪が募る。
チカ、と視界が一瞬だけ赤く点滅したのと同時にアブラクサスは額に汗をかきながら謝罪を述べた。


「アブラクサス、」
「…っ、」
「どうしても僕に考え直してほしいというのであれば、マルフォイ家にある魔術本すべてを僕に読ませてくれないか?」


もちろん闇の魔術に関するものもね。
そう付け足してニヒルに口角を上げれば、アブラクサスはハッと何か希望を見出したような表情に変わる。


「それによって、僕もまた考えが変わるかもしれない」
「…分かった。ただ、数が多い上に無断で持ち出したのがバレてしまえば厄介なことになる。月に2、3冊が限度だ」


コクリと小さく頷けば、アブラクサスは深く息を吐いて前髪をかきあげた。


「オリオンにも同じように伝えておけ」
「…トム、」
「余計な詮索はしなくていい」


そう吐き捨てて読書を再開させると、小さく会釈をしてこの場を去っていくアブラクサスを確認する。

悪いな、アブラクサス。
僕は利用できるものは何でも利用させてもらう。


「あと2年…」


僕が卒業して好き勝手できるようになれば、カヤに会うための方法なんていくらでも研究することができる。
そうとなれば、卒業後の進路についても色々と考えなければならないな。

ふう、と息を吐いて右耳に触れる。
カヤとの繋がりであるコレに触れるのはもう癖になっていた。

早く、君に逢いたい。


(急がば回れ)

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