彼の変化
それからというもの、リドルは優等生の仮面を脱いだ。
優等生なことには変わりはないが誰にでも優しいトム・リドルを演じることをやめたのだ。
元々、水面下で画策していることを周りに気取られない為に自分を偽る必要があったが今はその必要はもうない。
今まではそんな偽りに優しくされてきた女生徒たちは、いきなり冷たくなった彼に戸惑い騒ぎ立てた。
アブラクサス・マルフォイやオリオン・ブラックはリドルに対して何度か考え直してくれるよう説得を試みたが、リドルは依然として首を縦には振らなかった。
そんなリドルの変わりようを不思議と感じていたのは彼の近くにいた生徒たちだけではない。
「やあ、トム。今少し時間はあるかね?」
「…はい、ダンブルドア教授」
リドルをホグワーツへと連れてきた本人であり、いつも彼を目敏く見ていたダンブルドアも生徒たちと同じ気持ちであった。
「最近の調子はいかがかな?」
「まあ、いつも通りですよ。知りたいことが山積みで、最近はめっきり本の虫ですが」
何かを見極めようとするダンブルドアの視線に、不快感を隠すことなく眉間に皺を寄せながらリドルは答える。
この様子だけでも、今までの彼を知っている者からすれば驚くべき変化だったのだ。
「トムが冷たくなった、とレディ達がずいぶんと嘆いていたよ。ガールフレンドでもできたかの?」
「…ええ、そんなところです。冷たくなったも何も、これが僕だ」
騙される方が悪い、と小さく鼻で笑い飛ばしたリドルはダンブルドアから出された紅茶に口を付ける。
カヤの淹れる日本茶の味に慣れたからか、無糖でも甘く感じるその味に「…まずい」と呟いた。
「…トム、私は君を信じていいのかね?」
「何ですかその質問は。まるで今までは疑っていたような言い方ですね」
「そう卑屈になるでない。君は闇の魔術に関心を持ち過ぎていた」
「ああ、スラグホーン先生からお聞きになったんですか」
自分の魂を分裂させて魔力のあるものにその魂を宿し、肉体は滅びても魂がある限り死ぬことはないという禁忌の術。
そしてその魂の入れ物である分霊箱について、2年前にスラグホーンから詳しい話を聞き出そうとしたことがある。
リドルは、スラグホーンからダンブルドアその他教師にそのことが伝わるのを承知で質問をしに行った。
その事実を知ったところでそれは、「ホグワーツの秀才が知識の幅をより広げようと教師へ質問をした」だけのことで終わるからだ。
分霊箱のことについて聞いたことが誰に伝わろうと、特に支障はない。
いや、今こうしてダンブルドアに品定めされている以上は十分支障があったと思ってもいい。
面倒だ、とリドルは小さく息を吐いた。
「あなたが何を疑っていて何を信じたいのか僕には理解できません。…でも、そうですね。僕が先生に隠れて何かをしようとしていた、と疑っているのならばそれは否定しませんよ」
リドルにとって、ダンブルドアに疑われようが信じられようがそんなものはどうでもいいことなのだ。
リドルの発言に目を見開いたダンブルドアは、それ以降だんまりと考え込んでしまう。
「ところでダンブルドア教授」
「…どうかしたかの?」
「異世界の者をこの世界へ召喚する術に関して何か知っていれば、是非お聞かせいただきたいのですが」
リドルの質問により、ダンブルドアはますます訳が分からなくなった。
「一体何を考えているのだ、トム」
「―…僕はただ、カヤに会いたいだけですよ」
そう言って右耳のピアスを撫でるリドルの表情は、今までに見たことのないほど柔らかなものだった。
失礼します、とリドルは短く言い放ち部屋を出ていく。
「カヤとは…、」
ホグワーツにそのような名前の生徒はいない。
トムが変わったのも、そのカヤという人物の影響で間違いないのだろう。
それに、トムの変化は悪いものではなくむしろ良い傾向にあるようにダンブルドアには見えた。
しかし自分に隠れて何かをしようとしていた、という事実を本人から伝えられた以上はやはり油断はできない。
「今はまだ、様子を見るしかないか…」
トムと話したことによってダンブルドアは少しだけ肩の荷が下りたような気になり、ホッと小さく息を吐いたのだった。